スライムを討て-04
●チートはずるい
古文書によると、
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芦生湖畔の洞窟に坐す。
彼処より族を統べて菟狭の地を食す。
魔物を操りて里に降り、一村を戮し而じて二十八ヶ村に使いを下す。
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とある。因みに、播磨の国小野藩一万石の大名一柳氏が治めた土地が当時の三十ヶ村だったと修学旅行で調べた記憶がある。
二十八ヶ村と言う数字から見て、スライムが支配していた領域は江戸時代の小藩相当の規模と見た。
続けて僕は古文書から討伐の手懸りを抜き出す。
『塩・石灰・炎熱・流水を恐れ、闇と湿りと腐を好み』
『除虫の草の種を播き、八重九重の柵とす』
『草の柵を掃うなかれ。火を用いて除くなかれ』
その領域を封じていた祭壇を中心に移動させないための草を育んでと考えて、恐らく後退することはないだろう。下がっても封じられていた場所までしか下がらないはず。その後ろには多分、新宇佐村との間に有ったように、スライムを近寄らせないための草が植えられている筈だ。
「危ない所でした。火計で焼いていたら退路まで与えていた可能性もありました」
僕の説明に、眉間に皺を寄せるアイザック様とアレナガおじさん。
ここで一旦説明を切り、軍議に参加している人全員の理解が追い付いて来るのを待つ。
そしてその間に、
『チカ。今の状況を教えて』
『心得た』
ほんとこれチートだ。本来の意味『ずるい』と表現するしかないチートだ。
決して無双出来る訳じゃないけれど、ここに居る人の中で唯一人、僕だけが棋士が将棋の盤面を観るように、ウォーゲームのヘクスマップを視る様に、リアルタイムで把握出来ている。
スライムの移動範囲と速度は道に沿って加速している。これはおそらくは行軍時に踏み潰されたり、経年変化……主に洞窟まで毎年移動していたことによる小径の形成に因るものだろう。
獲物と定めたゴブリン以外にも、逃げ遅れた鹿や熊が襲われている。薙ぎ倒した樹木や広く深く張り巡らせたその根も、白アリに喰われて朽ちて行く様子を、映像早回しに見ているようだ。
獲物を喰らい増殖しながら、スライムはこちらに向かってゆっくりと、小さな子供や年寄りが歩く程度の速さで進んでいる。
このまま推移して行くと、村に近い場所で広域展開可能な流れだ。
「戻る途中確認していますが、スライムは明らかに道や草の焼けた跡、兵馬が踏み倒した跡に沿って進んでいました」
僕はそう言いながら、木筆と呼ばれる筆記用具で地図の上に線を引く。
木筆とは、顔料を蜜蝋と混ぜて芯を作り木の軸に挟んで鉛筆のようにしたものだ。書いてる感じは色鉛筆かクレヨンに似てる。使われる顔料は煤とか貝殻とか色々あるけれど、一般に出回っているのは僕が持ってる焼いた赤土を砕いた顔料を使う奴。
薄く書けば捏ねたパンに付着させて消すことが出来るから、使い方はまるっきり鉛筆だね。
「移動速度から勘定して、今は恐らくこんな感じになっていると思います」
チカの情報を地図の上に再現する。
「うーむ」
唸り声が軍議の場に籠る。
「そして恐らくは、村の道でもあるこの川を挟んで睨み合う結果に成るかと思います」
僕は地図の川に沿って薄く線を引いて見せた。
「最後尾が到着したところで水攻めを行うとして。まず火を使うのは確定です」
僕が作戦を提示すると、
「だが、餌を与えることになるといったのはスジラドだろう?」
当然だけれどアイザック様から疑問の声が上がる。
「使うのは組んだ木材を利用した火計です。防壁となっている草は焼きません」
合点の言ったアイザック様が、
「続けろ」
と命じた。
「先ずこの橋を落とし、川を挟んでスライムを可能な限り引き付けます。
その上で対岸にあらかじめ組んでおいた材木に火を放つのです。
洞窟内で火を避けるように広がった反応から予測出来る動きとしては、スライムは広範囲に薄く広がることでしょう。そうなれば一気に飲み込まれて捕食される危険は減りますよね?
部隊を対岸に広げ、火矢や投げ松明で遠距離から核を脅かしながら時間を稼ぎ、その隙に上流の水源を破壊して水攻めを行います。周囲の植生の違いからおそらく」
僕は地図に線を引いて行く。
「この辺りが古文書にあった過去の川筋だと思われます」
これはチカの眼でも再確認した。
「包囲が完了した段階で、この草を鏃に巻きつけた火矢を放ち、草を縛りつけた投げ松明を投げ込み、スライムを川へと追い落としていけば……。
流れる水に飛び込んで、浸透圧の関係で体を維持出来なくなって斃してしまうことが出来るかも知れません。拙くともその力を大きく削いで、僕達が対処出来るくらいに弱らせることが出来るでしょう」
更に僕は、スライムが村に到達するまでに何時間。迂回して水源に達するまでに何時間と時間を見積もった。
「待て! スライムの速さの見積もりは、俺と大して変わらないが、そのルートの迂回をたったそれだけで出来る筈が無いだろう! 足止めする者はお前の見積もりの倍、死戦しなければ持ち堪えられん」
アイザック様が怒鳴りつけたその時だった。
「間に合うよ!」
乱入して来たのは仔馬のタケシに乗っかったクリスちゃん。
「クリスと兄ちゃだけだったら、タケシが請け負うって言ってるよ」
凛と言い放つその気迫は、小さな女の子とはとても思えなかった。
「アレナガ殿。卿の大姫が何か言ってるぞ。済まんが俺の目の届かぬ場所での安全は請け負えんぞ」
アイザック様が遠回しに、止める様に促した。
しかし、アレナガおじさんが口をひらく前に。
「クリスが居ないと駄目なの。兄ちゃだけじゃお話にならないって、タケシが言うの」
と正面から父親に談判した。
アレナガおじさんは、じっとクリスちゃんの眼を見つめていたが。
「ふぅーっ」
と息を吐き出すと。
「判った。お前もウサの娘だ。そこまで決心が固いなら行きなさい」
クリスの好きにしても良いと了承した。僕の眼にはアレナガおじさんが、一気に二十歳くらい老け込んだように見えた。
「間に合ったとしても水源壊さなきゃいけないぞ!」
おじさんに代わって苦言を呈するのは勿論アイザック様。
「兄ちゃに支えて貰えばクリスがなんとか出来るって。タケシが言ってるよ」
「責任とれるのか? 失敗して、自決したり無茶なことして死ぬのは責任逃れなんだぞ。解ってるのか?」
とても乱暴できついけれど、子供にも解る平易な言葉で脅しつけても撤回を促すアイザック様。
「僕が責任を取ります」
言い切るとアイザック様は静かに、
「委細承知した。ならば今ここで、最初の責任を果たして貰おう。
時に大将は、捨て石にすると判って居ても、非情の下知を下さねばならぬ。お前にそれが出来るのか?」
「はい」
「ならば、俺より始めろ。足止めに赴く者は並みの肝や武辺では務まらぬ。
今、宇佐の地に俺に勝る武辺者も俺を凌ぐ肝を持つ者も存在しない。そして乳母子のナオミに勝る、俺が信を置く者も居ない。
だから俺とナオミに足止めに行けと、今ここで命じろ。出来んようではお前に総大将たる資格はない」
「アイザック様!」
とアレナガおじさん。
「御大将!」
とアイザック様の副官。
「御曹司!」
と呼ぶのはアレナガおじさんの部下。
皆、何を言いだすんですかと言う顔をしている。
「アイザック様!」
僕の止めようとする呼びかけを遮り、
「なんだ? 俺が討たれるまでに間に合わないのか? お前の見立てじゃ間に合うんだろ? 二時間持ち堪えれば助かるんだろ?」
挑発するように僕に問う。
「判りました。スライムの足止めをお願い致します」
僕はそう言わざるを得なかった。
111記念企画、文書化にまだかかりそうです。
お待ちくださいませ。





