スライムを討て-03
●作戦
今しも森に火を放とうとしていたアレナガの軍に、深紅の母衣を着けた伝令が一騎近付いて来た。
「伝令! 火計中止! 火計中止! 伝令! 火計中止! 火計中止!」
呼ばわりながらアレナガの陣の間近まで辿り着くと、剣を鞘ごと抜いて右手に持ち、鐙を外して剣礼を取る。
「御大将・アイザック様より伝令。火計は中止。速やかに新宇佐村の森側地境へ移動すべし」
竿で突き出す文箱を、近侍の手を経て受け取ったアレナガは、
「黒印状、確かに承りました」
渡されたのは主に戦の際の命令に使われる書式で、アイザックの花押と墨で捺した印章が生々しい。
一時間後。地境で迎えたアレナガは、整然と集結する兵達の後ろから、少数部隊に分散して集まって来る者達を見た。
さらに彼らの後ろから一騎、遅れて戻って来る者が居る。
「アイザック様!」
馬を飛ばし出迎えるアレナガに、
「事情が変わった。新宇佐村まで引き付ける」
アイザックは結論だけを先ず伝えた。
「大将自らの殿、ご苦労様です」
とアレナガに言われたアイザックは、物凄く微妙な顔をして、
「アレナガ殿大儀」
と労った。そして中止の経緯を簡単に説明。
「とんだ無駄骨を取らせてしまったが、火計は敵に糧を与えるだけと言う結論に達した。
スライムはゴブリンどもを喰らい、今も力を増し続けている。この上、火計で逃げ場を塞いだ森の獣までくれてやることになるのは拙い」
「なるほど。戦いの前提が変わったのですな」
振り回された筈なのに、文句の一つも言わないアレナガ。ただ人の親の常、
「クリスはどう致しました?」
と一言尋ねた。
「スジラドと行動を共にしている。ほら、そこだ」
鞭で示す彼方から近づいて来る一騎。
「父ちゃ~!」
子供特有のキンキンする声で呼ばれたアレナガが、話途中のアイザックを放置して馬を飛ばしたのは、
「是非も無しだな」
「はい」
誰も責める事が出来ない話だった。
クリスを前に抱いた二人乗り。アレナガを追い掛けたアイザック達も、道の半ばで追い付いた。
「あまり心配させないでくれ。お前はまだ五つで、しかも女の子なんだぞ」
「大丈夫もう六つだよ。兄ちゃもアイジャック様も護ってくれるもん」
「男の子なら名誉の負傷となり、寧ろ誇れる傷痕も。女の子だと一生を棒に振りかねん」
「心配ないよ。兄ちゃもアイジャック様もどっちも、傷物にした女の子を嫌ったりなんかしないよ」
この時、居合わせたスジラド・ナオミ・アイザックの三人は。ギギギギーと錆び付いた鉄扉を開けるような音を聞いたと言う。
アレナガは二人の男を交互に見る。
「え?」
と声を上げるスジラド。
「傷物の意味が、卿の想像とは異なるぞ。多分」
苦笑いするアイザック。
この居心地の悪い空気を入れ替え、助け舟を出したのはナオミだった。
「首尾はどうでした?」
「無駄に迂回をさせるよう、遅延工作も終えてますから少しは時間が稼げるかと」
その言に、アイザックの視線もスジラドの眼に注がれる。
「途中で見えたアレか」
「はい。遣らぬよりはましですから」
「だな」
鷹揚に構えているが、アイザックの握り込んだ拳は、掌に深く自分の爪痕を刻みつけていた。
程無く、地境の陣に入ったスジラドは軍議の席で、アイザックの手で最上席に連れて来られた。
「あのう~。流石に居心地が……」
「抜かせ! 求めたのはスジラド、お前だぞ」
有無を言わさず、カルディコット伯爵名代の資格で座らせられた。
「始めようか?」
アイザックの言葉から軍議は始まる。軍議と言っても、妙案があると言うスジラドの作戦の検討だ。
起立し一礼したスジラドが口を開く。
「アイザック様。大まかな話はクリスちゃんから聞いています。古文書の現物をお見せ下さい」
「判った」
アイザックから巻物を受け取ると最初からお仕舞いまで三度目を通した。そして、机の上に職務遂行の為に携帯している村の古い地図を広げながら、
「作戦を説明します」
おもむろにそう切り出した。
111記念の企画発表。
予想より早く実現いたしましたので、今少しお待ちください。
代わりに記念の追加UPを行います。





