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スライムを討て-02

●胸算用

 一度決めたら二の足は踏まぬ。それが戦時における武人の心得だ。時間を費やしてあれこれ精査した行動は、賽を振って無作為に選んだ策にも劣る。一度ドラゴンの背中にしがみ付いた以上は、最後までしがみ付き通さねば喰い殺されるのだ。


 右翼の事をスジラドに任せ、村までの撤収命令を左翼方面に伝える俺とナオミ。

 その道々。


「準備が整って居なくともアレナガ殿が戻って来るまで持ち応える自信はあった。

 たとえ駆け引きの機を見極め弓を引き切り結ぶ経験浅くとも。彼はお(いえ)第一の能吏だから、間に合わぬ筈がない。そして、合流できれば俺は勝てる」

「ではなぜ、お譲りになられたのでしょう? お兄様にしては呆気なさ過ぎて驚きました。お話の通り、スジラド様を惜しんでの事なら猶更にございます」

 俺が胸を開くと訝し気に、ナオミが真意を聞いて来た。


「そもそも俺は、スジラドを見極めに来た。それは判ってるな?」

「はい」

「事の重大さを弁えているのか? と、しくじれば全てを失う事を教えてやった。

 なのにあいつは微塵の迷い無く、大言を吐きおった!」

 俺は言葉に力を込めて吐きながら、馬に倒木を飛び越えさせる。


「はい。万が(いつ)にも村に被害が出れば。計算の終わっている土地の評価はそのままでございますから、実入り減って税だけが増える結果が待っております」

「ああ、あそこまで言い切った以上、スジラドの完全な失態として扱われる」

 俺に、らしくもないとナオミは言うが。ナオミの奴だってらしくもない。

 スジラド(・・)だと? よもや惚れてはおるまいな。


「歳は幼く経験が足りぬから知らぬだろうが。あやつが思っている以上に今の状況は悪い。

 魔物の被害で廃棄された村は北側には無数にある。

 そもそもこの場所が二十余年も続いたこと自体が例外とも言える僥倖だったのだ。

 この千年もの間、人の領域がそれほど増えなかったのには相応の理由があるのだからな」

「お兄様のおっしゃる通りにございます」


「この度、下手を打てばモノビトに戻る。そうなればスジラドは親父から見限られるだろう。でな。

 そこを改めて拾って、教育し直せば得難き俺の宿将に成ると思わないか?」

 にやりと笑うとナオミの奴。

「流石お兄様。悪人顔にございます」

 と、俺の気性を知り抜いた乳母子(めのとご)のあいつにだけしか言えない誉め言葉を掛けて来る。


 成人の儀はあくまでモノビトを人にするための、個人で行える唯一の手段だ。だがそれは唯一度だけ、自分の意思でモノビトに戻ったものを再び保護するほど神殿は甘くはない。


「あいつ。直前までお前と一緒だったよな」

「はい。お兄様と別れて、ずっと一緒にございました」

「だよな。なのに俺の布陣を見破りやがった。

 アレナガ殿は確かに、草摘みの丘を背に火計を仕掛ける手筈であった。未だ将としての教育はされておらぬと言うのに、まるで見えているような鋭い読みだ。


 スジラドほどの武と知があれば、自分の腕でモノビトの立場から買い戻すと言ったことも出来なくは無いだろうが、決してその対価は安くは無い。

 村一つを犠牲にしたほどの代価を払う時間があれば、忠義の一つや二つ抱かせる器量無くして、誰が大将と威張って居れる。まあ、そう言う事だ」


「流石お兄様にございます」

 素直に喜ぶナオミの声。俺も恐らくドヤ顔に成って居る事だろう。


 俺は指示通りの位置で待機していた左翼の兵を村に返して行き、その足で状況確認の為高台に上った。どうせ手間取っている筈だから現状を把握して手伝ってやらねばな。

 そう思い、高台から見下ろす。

「どれ。スジラドの方は……。なにぃ!」

 あり得ない。俺達が回った左翼よりも、右翼の撤収スピードの方が早い。

「しかも綺麗でございますわね」

「ああ」

 こちらのようにバラバラではなく、右翼は追撃を受けてもちゃんと連携が取れるように退いている。

 部隊の位置を知って居た俺でも、退く速さを優先したから左翼はバラバラ。なのに、知らぬ筈のスジラドが見事なまでの連携を作り上げている。

 偶然? そんなことは絶対に無い。下手をすると交通線が交差してそこで止まってしまうのだぞ。


 まるで現在の部隊の位置を正確に把握しているかのようだ。こいつは教えて会得出来るものじゃない。

 あいつには、俺が見えていないものが見えている。


「欲しい……」

 思わず俺の口から洩れた言葉。

「お兄様」

「こいつは絶対俺が貰う」


 俺はナオミの目を覗き込みながら、訊いた。

「お前、スジラドをどう思う?」

「スジラド(・・)ですか?」

 間違いない。俺の義妹(いもうと)は、あいつを憎からず思って居る。

 ならば、ナオミとスジラドを釣り替えにする覚悟が俺に有るか否かと言う話になるだろう。


 親父が捨てるなら、この俺が美味しく頂いてやる。


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