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スライムを討て-01

●牙符

 僕と一緒にクリスちゃんが乗って、アイザック様と相乗りするのはナオミさん。

 森の道を横並びに並走しながら、リズミカルな三拍子で上下する身体、その向こうに代わり映えしない風景が流れて行く。走りはタケシに任せているから、アニメだったら背景とセル画が節約できそうな僕の視界。


『チカ。辺りの状況を教えて』

『今、映像を送る』

 半透明のウインドウに映る鳥瞰図。通常視界と熱視界が合わさって、ある程度は繁みとかに潜んでいる存在まで(たなごころ)だ。

 状況は良くない。(たいら)にある平地部分の森がスライムによって三方を囲まれ、ゴブリン達が巻き狩りの様に追い詰められている。

 スライムはゴブリン達の捕獲を優先して、鹿やその他の動物が草摘みの丘陵方面に逃れようとしているが、その行く手を遮るかのように、アレナガが指揮する(つわもの)が火計の準備をしていた。


「アイザック様。どうするお積りですか?」

 僕は訊ねた。

「森の外。開拓地の外側に防衛線を引いて焼き討ちにする積りだが。お前は違うのか?」

文書(もんじょ)の内容が気になります。多分、火を使うのは悪手でしょう。奴は巻き狩りのように森の獲物を追い立てています。アレナガおじさんの兵は森の動物達の退路を塞ぐ位置に居るんです」

「なぜ判る! ならば聞こう。アレナガの兵はどこにいる。何をしている!」

「草摘みの丘を背に森に向けて火計の準備」

「……何故判る?」

 アイザック様の声には明らかに驚きと戸惑いがにじみ出ていた。多分、アレナガおじさんの手回しは、アイザック様の指示なんだろう。


 僕は続ける。

「スライムは今、ゴブリンを捕獲して喰らう事を優先しています。ですが火で獣の退路を防いだら、僕達は奴に大量の餌を進呈することに為りかねません」

「ならばどうする!」

「火が駄目なら水を使います」


 奥歯を噛み締めたアイザック様は、進路を馬に任せて僕を睨みつけた。僕の言葉から、何を企んでいるのかを正確に理解したからだ。

 アイザック様は顔を真っ赤にして僕を怒鳴り付ける。

「それは認められん。ウサの先代より二十余年が民の(あぶら)を、台無しにしかねん」

 流石アイザック様。一所懸命な弓の貴族として物凄く真っ当で、領民思いな考えだ。でも、


「あいつにこれ以上余分な餌を与えたら、被害は新宇佐(にいうさ)村だけじゃ済みません。間違いなく多くの人死にも出るでしょう。

 アイザック様。土地はまた直せます。でも死んだ人は戻りません」


 アイザック様にも、勿論僕にも通すべき道理がある。そして、どちらの考えも間違いとは言えない。だからこうして口論になるんだ。


「お(いえ)二十余年の計をむざむざと捨てる事は出来ん。

 俺は能吏だが戦に難のあるアレナガ殿より、領軍の指揮を任された。親父より新宇佐村の開拓を任されたアレナガ殿の軍権は俺の手の内にある。ならばスジラド、俺に従え」


 こんな時に激高せず、かつ父親の地位を盾に取らず、道理を説けるアイザック様の器はでかい。

 もしも僕にチカの眼が無かったら、多分彼に従って居た。だけどアイザック様にはチカが居ない。今どうなっているのかを俯瞰して知ることが出来るのは僕しか居ないんだ。


「代理と言いましたね。では今の貴方は主家のものではなく武人として、アレナガの部隊を率いていると。

 でしたら僕が、必然的に命令権限の最上位保持者となると思います」

 そう言って、僕は服の下に首から下げていた錦の袋を取り出した。そして馬を寄せて中から一枚の白い板を抓んで手渡した。


「これは……」

 何も無かったら使う積りは無かったけれど、赴任に当たって伯爵様から渡された牙符だ。

 ドラゴン等、上位魔獣の牙から作られた希少性の高い割符で、上位貴族が全権委任の時でも無ければ渡さない伝家の宝刀。


「おい、ナオミ……」

 アイザック様はナオミさんに泣きつくように助けを求めるが、ナオミさんは、

「道理で行くなら、伯爵様の御名代(ごみょうだい)たるスジラド様が上位者になりますね。お兄様」

「おいこら!」

 裏切り者とばかりに怒鳴り付けるアイザック様。


 馬を駆けながら、物凄い顔で十数える程無言になったアイザック様は、再び口を開くと思いつめたような静かな声で、

「俺は庶子でも親父の息子だ。たとえ不首尾に終わり、村一つ駄目にしたとしても。暫く冷や飯は喰わされるだろうが、何ほどの事は無い。母の実家と言う後ろ盾もある。

 だから心さえ折れなければ何度でも雪辱の機会は巡って来るのだ。

 だがスジラド。お前はモノビトから身を立てたばかりだ。後ろ盾など何も無い。しくじれば元のモノビトへ逆戻りだぞ。

 悪い事は言わん。俺の下知に従え。この責任は俺が取る」


 言葉に辛子種ほどの他意も感じられなかった。この人、本当に善い人なんだ。だけど、僕は今ここで引くわけには行かない。

 被害が広がると判っているのに、沢山の人が死ぬだろうと知っているのに。事件を拡大させると解った上でこんな善い人に責任負わせる訳には行かないんだ。


「僕に任せて下さい。全て僕が取ります」

 アイザック様を真っ直ぐ見据える僕に、

「ふん。ガキにも関わらず肝の太い覚悟の据わった武人の眼だ。判った、自儘にするが良い。主家の息子のこの俺も含めて見事使い熟し、新宇佐村を救って見せろこの(やっこ)

 アイザック様は心の伽藍に協力を誓った。


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