スライム暴走-10
●放たれた怪物
「ナオミー! どこだぁー!」
群がるゴブリンを切り裂いて、俺はウサの娘と共に進む。
切り掃い、馬蹄に掛けて先へ急ぐ。そんな最中。
「アイジャック様こっち!」
まるで道案内されているかのように迷いもせずウサの娘は指を差す。その先の岩肌に、猫の口のような裂け目があった。
そして、丁度その時。
キュキュキュキュン! キュキュキュキュン! キュキュキュキュン!
虚空を摩す音と共に、転がる様に飛び出して来たのは。
「ナオミ!」
「姉ちゃ!」
俺よりも早く飛び込んで行ったウサの娘が助け出した。正確にはスジラドの仔馬が背に、ナオミを乗せて帰って来た。
助けられて安心したせいか、ナオミは精魂尽き果てた顔でぐったりしている。
「中にスジラド様が……」
ナオミはそう言うと気を失った。
裂け目の中で鍔迫り合いするスジラドとゴブリン。
「くっ。ここからは手が出せん」
さっきの失敗を思い出す。俺が行ってもし落盤を招いたら。そう考えると、外のゴブリンを駆逐する事しか今の俺には出来なかった。
なに、俺が見込んだ男なのだ。絶対なんとかするだろう。
ゴーっと言う唸りと共に、大地が揺れた。
「山が……山が震えている」
裂け目から光が溢れる。金色に輝いたスジラドがゴブリンとすれ違う。二つの影が静止したその時。
ゴゴゴゴー! 山が崩れた。
巨人が膝を着き斃れ伏す様に、下の方を粉砕しながら山の高さが低くなって行く。
俺はスジラドの仔馬の手綱を掴み、山を背に回して一鞭くれて遣りながら叫んだ。
「遁れよ!」
同時に俺の馬に拍車を掛ける。
馬を走らせる俺達の後ろから土煙が押して来る。巻き添えを食わぬ距離までなんとか逃げ延びると、山は随分と低くなっていた。
そう、瞬く間に宇佐の館砦から麓までの高さが消失した。吹きあがる土煙の中に、山はその形を変えた。
「スジラドー!」
余りの事に呼ばわる声が俺達の口を衝いたのは、土煙も治まり掛けた頃。
「兄ちゃ~!」
泣き出すウサの娘の声に目覚めるナオミ。
「スジラド様は……」
目を伏せ首を振る俺に、変わり果てた来し方を見、呆然となるナオミ。
「そ、そんな……。そんなぁ~!」
俺は剣を抜き、鐙を外し、馬揃えで主君に対して取るような剣礼を、変わり果てた山々に向けて取った。
「勇者よ。俺は忘れない……」
涙を散らし大泣きするウサの娘。しくしくと忍び泣く俺の義妹。
「この色男め!」
俺がそう口にした時。
「どうしたの?」
憎たらしい程落ち着いた声が後ろから聞こえた。
「……スジラドお前」
服こそボロボロで血も付いているが、多分これは返り血だろう。スジラドは毛程の傷も負わず、塵に塗れた汚い顔でそこに居た。目元や鼻の横、凡そ顔の窪みと言う窪みを薄汚く染めて。
「この野郎!」
「あ痛っ」
つい剣の平で小突いてしまったが、義妹を泣かした色男に対する当然の仕打ちだ。
ともあれ。今の崩壊でゴブリン共も全滅だ。生き残って居たとしても脅威にはなるまい。
俺達がほっと息を吐いたその時。
ゴゴゴゴー! 唸りと共に地面が揺れ、地の裂け目から湧き出した物が盛り上がって行く。
「げ! スライムだ」
崩落した洞窟および周囲から大量のスライムが溢れ出して来る。
俺は問題が何一つ解決していないことを思い出した。
「て、撤収! 全速力で逃げろ!」
早く村に戻り対策を立てないと。俺達は馬を襲歩で走らせる。
奴の移動は遅いが、迎え撃つ為にはより早くこの事を皆に知らせなければならないのだ。
ユニーク累計4,800人感謝いたします。
感謝の更新。





