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スライム暴走-08

●前線崩壊

「なんだとぉ!」

 クリスが携えて来た巻物を読むなり、アイザックは撤退して来た道を睨む。

 確かにスライムは、道や味方の火計で草の無くなった所を浸食して来る。つい今し方の退却に伴う放火で、迫り来るスライムの前には草地が無くなって居た。

 決死の思いで、交互に支援しながらの撤退で一兵も損うこと無く、徒歩(かち)も騎馬も自在に動ける場所まで退いて来た矢先の事だった。


「撤収! スライムは足が遅い。走れば新宇佐(にいうさ)村まで無事戻れるぞ。死ぬ気で駆けろ! 今、アレナガ殿が闘う術を持って向かっている筈だ。俺の居ぬ間はアレナガ殿の下知に従え」

 アイザックはそう叫ぶと、拍車を掛けて迂回する。それに付き従うかのように、クリスを乗せたタケシはピッタリとくっ付いて行く。


「お前は帰れ! 洞窟に迎えに行くんだぞ。

 俺の魔法なら、スライムを焼いて突っ切る事が出来ない訳じゃない。

 足手纏いだ帰れ!」

 とアイザックは言うが、構わずタケシは連れて行く。

「行かないと宇佐が無くなっちゃうんだよ」

 その情報はタケシからの物だったが、アイザックはウサ家に伝わる情報と認識した。

「どうしてもか? 俺が聞いて肩代わり出来んのか?」

「クリスがタケシと行かないと駄目なんだよ!」

 断言する言葉にアイザックは、

「是非も無しか。……判った。俺と一緒に死んでくれ。但し、死ぬのは年の順だがな」

 一瞬にして腹を括った。


「アイジャック様! タケシが兄ちゃと姉ちゃのとこ知ってるよ」

「そうか。頼む」

 普通に考えるとこんな小さな女の子が 自分に付いて来れる筈がない。それが名人のように馬を走らせているのだ。しかも手綱も取らずに。

 この仔馬が自分の意志でクリスを乗せているのは明白だった。

 ならばとアイザックは、仔馬のタケシを先に行かせ脇を固めるように馬を駆る。

 タケシが唯の馬で無い事だけは、未だに仔馬の姿であることからも理解していたからだ。


●アローサイン

 ステンレスに貼り付けたガムテープを、ゆっくりと剥がして行くようなピチピチと言う音。ゴブリン達を金床にして、後ろから僕達を叩き潰そうとするスライムが近づいて来る音だ。

 戦い続けて削り取った金床には、強行突破の隙はあるが、そうはさせじと控えているのがあの一回り以上大きなゴブリン。


『チカ!』

『待て。暫し待て。今援けが近付いている』

『アイザック様?』

『他にも居る』


「スジラド(・・)。スライムが……」

 ナオミさんの声に焦りが入る。

「大丈夫。まだ間がある。距離も百歩は離れてるよ」

 チカからの情報で正確な位置を掴んでいる僕は、振り向きもしないで断言した。


「見えているのですか? スジラド様は」

 それが正しい答えだったから。驚きの彩が声に交じる。

「来てるよ。近くまで、アイザック様が」

 僕が言って十数える間も無く、

「ナオミー! どこだぁー!」

 と呼ばわる声が洞窟の中まで響いて来た。


「ナオミさん。合図したら、何も考えないでただ真っすぐ走り抜けて下さい。援護します」

 僕は二十歩ほど後退してナオミさんの傍に寄ると、腰の袋から鉄釘を掴み出して詠唱する。


「震は(とお)る万里の彼方。(つと)めを()ちて喪う事無く。

 送れ 雷の雷。伝送通信」


 そしてチカの視界を頼りに、大空を貫き輝く矢印と文字を浮かび上がらせた。

 目の前にある出入口を示して。


 良し。上手くクリスちゃんには伝えられた。タケシがこっちへ走って来る。

 チカの支援で把握できてる外の馬の位置と、後ろから来るスライムの位置。慎重にタイミングを計り

「出ましょう!」

 手を引いてナオミさんを誘導する。


 体の一部を切り離して発射して来るスライム。その分体をぎりぎりで躱すと、ゴブリンの身体に命中した。

 たとえ本体に人間並みの知恵はあっても、切り離した分体は下等生物そのものだ。纏いついたゴブリンが食べられている。


 僕、こんなに強かったっけ? たとえチカのサポートがあったにしても、一歩間違えば間違いなく死んでいた状況で、迷いなく僕は動けている。


 また来た。でも軌道は既に掴んでる。

「伏せて!」

 直前までナオミさんの肩があった辺りを飛んで行くスライムの分体達。目の前のゴブリンが倒れ伏し、出口までの通路が拓けた。


「走れ!」

 ナオミさんを送り出すと、サンドラ先生から貰った腕輪の力を借りてナオミさんの両脇に、

 キュキュキュキュン! キュキュキュキュン! キュキュキュキュン!

 手持ちの鉄釘を撃ちまくる。

 左右から襲って来るゴブリンは釘を撃ち込まれて斃れるか、動きが鈍くなった。

 でっかいゴブリンが鉈の様な剣を振り上げてナオミさんに斬り付ける所を、

「てぇぇぇ~い!」

 僕が脇から突貫して軌道を逸らす。

 どうやらナオミさんは無事にゴブリン達を突破出来たようだ。


 但し、僕は出口の直前ででっかいゴブリンと鍔迫り合いをしながら、近づいて来るスライムの音を聞いていた。


100ブクマありがとうございます。今日からまた1話づつに為りますが、111ブクマを越えたら企画発表いたしますね。

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