スライム暴走-07
●和す力
クリスが最悪の事態を考え、健気な決心を固めたその時。
『稚媛! 今直ぐ来てくれ』
クリスの脳裏に声が響いた。
「お馬さん!」
『そうだタケシだ。媛が心を固めてくれたから、やっと話が通じるようになった。このままだと、媛の兄ちゃが危ないんだ』
「どうすればいいの?」
突然、虚空に向かって話し出した娘を見て、
「クリス?」
アレナガは尋ねる。
「いったい誰と話して居るんだい?」
するとクリスは、アレナガの手から巻物を引っ手繰ると、
「お馬さん」
と唯一語。言って窓へと走り出す。
「おい! ここは三階」
アレナガの止める間も無く、クリスは窓から身を躍らせた。
「クリス!」
慌てて下を見ると、スジラドの仔馬・タケシが信じられない跳躍で、落ちるクリスをやんわりとその背に受け止めるのを見た。
「父ちゃ! 兄ちゃが危ないの。行って来るね~!」
とんでもない無茶を言い放つクリスであったが、不思議とアレナガは不安を感じなかった。
『媛、覚悟は良いか』
「うん!」
『相手は堕ちた神だ。媛の兄ちゃも強いが奴はもっと強い。今、チカが兄ちゃを援けているが、敵を噛み砕く力はあっても、奴は剥ぎ取る力の化身だ。力と力の衝突が宇佐の地を破滅させるかもしれねぇぞ。そうさせない為にゃ、力を和して天秤を兄ちゃに傾けるものが居る。俺に乗った媛が行かなくちゃ駄目なんだ』
駿馬よりもまだ疾く。軍馬よりも勇ましく。クリスを背に乗せたタケシは駆ける。
滑るように滑らかに、飛んでくように軽やかに、高く蹄を響かせて。
●群体
どうやらこのスライム。知能が高いようだ。僕達を迷わせて仕留めようと動いている。
だけど行く手を遮るスライムが擬態する壁に出くわす度に、僕達は燭台の火を掲げロウソクの煙で正しい道を開かせる。煙に含まれる成分を嫌うスライムが、換気の為に出口へと続く場所を開けてくれるのだ。
あちこち遠回りさせられているみたいだけれど、こいつはスライムにとって悪手だった。今や洞窟内はどこもかしこもロウソクの匂いで埋まりつつある。
僕はロウソクを使い果たす度に次のロウソクと火を移し、羽虫を蚊遣りの煙で退けるようにスライムを逐って行く。
「光だ!」
遂に僕達は出口を見つけたその時だった。
「ケーン!」
入口から響く声。そして
『スジラド。なぜ我を使わない』
頭に響いて来たのは、
『チカ! 来てくれたんだね』
『今映像を送る』
外の情報が、半透明の板に映し出される。
「うわ!」
外はスライムがゴブリンがそこかしこから湧いて出て、もう大変!
あちこちで草が燃えていて、焼け跡を侵食するようにスライムが動いている。
あーあ。森の樹が飲み込まれて消化されて行く。獣もゴブリンもお構いなしに飲み込まれ、スライムの通り過ぎた後には剥き出しの土が残るばかり。
『何を驚く。全て汝がやった事だ』
『え?』
『洞窟内に除虫の煙をばら撒いて、奴めを追い出したのは誰だ?』
どうやら、この惨状は僕のせいらしい。
「……スジラド様」
ナオミさんが僕を呼ぶ。
「はい?」
「いえ。何でもありません」
いつもとは違うナオミさんの表情。
『気を付けろ! そっちに人型の者が行く』
チカの警告から間もなく、横合いから手下を連れた一回り大きなゴブリンが現れて、僕達の方に向かって来た。
『スライムの傀儡だ。手ごわいぞ』
『どうにも僕達を逃がさない積りなんだね』
「ナオミさん。……持って」
僕は燭台を置き松明を預けると、ゆっくりと剣を抜いて構える。
「恒は亨る。終わりて始まる輪の内に。
理に巽いて動き、剛柔皆応ぜよ。
目覚めよ 雷の風 軽肉体制御 俊!」
僕は素早さを強化する。敵は多い。力で対抗するよりも当たらぬ事と当てることに主眼を置いた。
飛び込み・切り付け・受け流し。削り・割込み・入れ替り。剣の嵐を踏み越えて、ゴブリン達の隙を突く。
ゴブリンの技量は前の通り。固まり過ぎて同士討ち気味。だけど、
「ここまで傷付けたら、騒がしい痛がりとかのせいで群れ全体が怯む筈なんだけど」
悲鳴どころか合図の声も無い。だから僕はナオミさんにこう告げた。
「注意して! こいつら、何者かに操られてる」
ゴブリン達の技量や能力が枷になって目立たないけれど、まるでこいつら全部で一匹の動物みたいに動いている。





