スライム暴走-05
●タケシの夢告
クリスは父アレナガの腕に抱かれて宇佐村へ戻る。
「父ちゃ、兄ちゃは?」
馬を走らせる道々にクリスは何度も聞くけれど、父アレナガは難しい顔をして黙っている。普段甘々の父親だけあって、困ったことが起きていることだけは幼いクリスにも理解出来た。
その少し後ろをスジラドの仔馬タケシが付いて来ているが、クリスに懐いていた馬だからと、特に怪しまれてはいなかった。
父の腕に揺られつつ、色んな事が有って疲れていたクリスはうつらうつらとして来た。
「……媛。地の稚媛クリス殿」
真っ白な空間でクリスは呼ばれた。
「誰?」
「俺は馬天。タケシと言えば判るかな?」
「兄ちゃのお馬さん?」
「そうその馬だ。色々厄介を背負いこむことに為っちまうが、お前は兄ちゃを助けたいか?」
「うん!」
「お前、全然迷いもしねーな」
「兄ちゃを助けられるんでしょ?」
「そうだがよ」
「じゃあ、教えて」
クリスが求めるとタケシは言った。
「お前んとこの書庫に、枢機卿が記した本がある。
表紙が黒地に黄色文字の本を探せ。『降魔之書・菟狭芦生湖畔生贄洞窟封神記』だ。
そいつにゃ怪物と生贄の洞窟について書かれているから取り出して来い。さもないと、いくら兄ちゃがシャッコウでも危ないぞ」
「カーディナル?」
「ああ。あの記録馬鹿が、邪神様の禍津神封印について残してある。
今のお前らにゃ役に立つだろう。そこには奴の眞名も書かれている筈だ。見つけたら直ぐ兄ちゃに届けろ。俺がお前を連れて行く」
「わかった。書庫だね」
「急げ。もう直ぐ館に着くぞ」
ぱっと目覚めたクリスの眼に、ウサの館砦が映る。
「父ちゃ! 書庫を探して!」
「どうした?」
「お家の書庫に、えーと黒と黄色のご本があるの。ぜーんぶ真名で書かれた難しい名前のご本なの。そこに怪物と洞窟の事が書かれてるの」
クリスはただならぬ様子で、捲し立てた。
●古文書
【降魔之書・菟狭芦生湖畔生贄洞窟封神記】
ウサの館砦の三階の書庫から、その本は見つかった。
古い時代に記された物で、割った竹を綴った巻物に記されていた。
――――
書の痛み甚だしきに付き、宇佐彦ムッシュメイ・ウサ 之を写す。
宇佐の地に代々伝えよ。
陽暦593年5月10日 月暦612年2月15日 菟狭は晴れ後曇り 暑し
邪神、禍津神粘液を封ず。
禍津神を以って邪鬼を制し、邪鬼を以って禍津神を鎮む。
神祖粘液。眞名はアイ・ミューチャ・ニュオニー。
絵と書を司りし女神なり。
その力は剥るなり。魔物も人も体躯を奪いて傀儡と成す。
彼女は射光が一柱なれば、智は人の子に勝る。
されど彼女もまた現身の枷を免れぬ。
塩・石灰・炎熱・流水を恐れ、闇と湿りと腐を好み、芦生湖畔の洞窟に坐す。
彼処より族を統べて菟狭の地を食す。
魔物を操りて里に降り、一村を戮し而じて二十八ヶ村に使いを下す。
かくて年に一人の児の贄を求むれば、村人哭きて之を捧ぐ。
(中略)
禍津神、青銅の鎖に繋がれし児を、生きながら溶かし之を喰らい、その慟哭するを悦ぶ。
なれど女神が権にて、畑尽く肥え富たり。児の贄により村は栄ゆ。
されば村人、悲しかれども音曲高らかに響かせ。祝いの祭りを行いたり。
(中略)
前年十一月三日。
雪降りぬ。邪神、寒さに禍津神の眠るを待って計を用いて禍津神をば善き神として封じぬ。
五日より邪鬼を攻めて黒き森に攻め散らし、二十日を以って途を塞ぎて閉じ込めたり。
而じて河筋を変え芦生に注ぐ水を断つ。
邪神はかく宣らせらる。用いて菟狭を拓くべし。
本年三月。
遂に湖、干上がりぬ。我、選ばれし民と来たりて除虫の草の種を播き、八重九重の柵とす。
五月。
本日、遂に禍津神を閉じ込めし結界は完成す。
その威益々壮んなれども、柵青々と茂りたり。
嫌いてこれを越える能わず。
我、邪神の名を以って、菟狭彦に命ず。
「糧を断つべし。秋の実りの頃。窟に籠る邪鬼を討て。
直に討ちてこれを断て。一片の肉片残すべからず。
だが心得よ。
草の柵を掃うなかれ。火を用いて除くなかれ。
さすれば菟狭は永く栄えん」
――――
目を通すアレナガの顔色が見る見る蒼褪めて行った。





