スライム暴走-04
●俺が大将だ
兵どもを指揮するアレナガ卿の表情は硬い。
そりゃそうだろう。如何に俺が付いているとは言え、幼くか弱い娘を心配しない親は居ない。だからわざわざ都から高名な権伴を招いて、事前にかなりの数を討伐したと聞いている。
それなのに、次から次へと深紅の母衣を着けた伝令が、勢子のように配したあちこちの隊からゴブリン発見の報を告げにやって来るのだ。
「よう。アレナガ・サイ・ウサ。この俺が代わって遣ろう」
「アイザック様。それには及びません」
「俺は卿の経歴を知っている。人並み優れた文官ではあるが、戦の経験は小隊規模と聞く。
ゴブリンは兎も角、これほどのスライムの相手は初めてだろう」
「だからと言って、責任を肩代わりして頂く法はありません」
アレナガ卿とて弓の貴族の意地はあるのは判っている。それなりに踏んで来た修羅場の事も。
だがな。
「俺は父も、父の父も、母の父も累代の弓の貴族だ。そして庶子故新たに家を興す為、日々大将の研鑽を重ねて来た。だからこの程度の規模の戦いも、後方からとは言え七歳の儀よりも前から何度か目にしている。
知ってるか? 俺の戦いの経歴は、乳母夫が指揮する魔物討伐軍に、親父が定めた名目上の大将としてゆりかごで参加した処から始まるのだ」
戦いの場数では俺に敵う訳がない。
「そもそも卿の授かった賜物は、敵を攻め伏せるに非ず、魔物を防ぐに非ず、領地を富ませ民を安んずる為にこそあり。
だからこんなとんでもない荒事は、俺の様な闘う為に生まれた漢に任せて置け」
なおも、
「ここは私が参ります」
と言うアレナガ卿を、
「いや卿には無理だ。スライム相手の経験がない」
と一言に断じ、このままでは武士の一分が立たぬであろうアレナガの搦手から攻める。
「いいか。この俺が居合わせながら卿を討ち死にさせる事があれば、今後親父に顔向け出来ない。
器量を疑われ一生冷や飯を食わねばならなくなるのだ。
たとえ俺一人が生き延びたとて、まっぴら御免だそんな人生は。
それに洞窟にはスジラドと、俺の乳母子のナオミが残されて居る。
二人は親父お気に入りの部下と、血は薄くなっているがカルディコット伯爵家連枝一族の娘だ。卿に、万が一の時切り捨てる事が出来るか?
親父に忠節無比の卿のことだ。
我が身と娘と兵・領民の全てを犠牲にしても、二人の救出を優先させないと誰が言える。
卿はお家に過ぎたる臣だが、忠義故に大事を誤らぬと言い切る事は出来まい。
俺ならば、絶対避け得ぬと悟ったその時は、私情を捨てて親父の部下も乳母子も斬り捨てる非情の決断も出来る。卿の娘や兵や領民を護る為にな。
これが卿より俺が総指揮を執るに相応しい最大の理由だ」
忠義の士と持ち上げた上で、眼の中に入れても痛くない愛娘とスジラドやナオミを天秤に掛けさせる。退路は断ったぞアレナガ殿。
「……判りました。アイザック様の下知に従います」
善し! 合意の上で全権を握った。
俺は次々に伝令を飛ばした。
先ず前線を抑えねば。ゴブリンを盾にする形でスライムを抑える。そして数が多くて統制の取れていない兵の掌握。包囲網を形成できるだけの数を残し、
「取り急ぎ、書付の物資を集めてくれ。草摘みの丘方面から森に火を放ち、スライムを焼き滅ぼす」
「はっ! 心得ました。全力を以って速やかに」
アレナガ殿にスライム戦に使えるものを取って来させる。こう言う手配をさせたら、カルディコット家中に彼の右に出る者は居ない。
敵はスライム。弓矢剣槍だけじゃどうしようもない。今のように間に合わせに枯草に火を放つくらいじゃ埒が明かないのだ。
油に塩。火種や松明など凡そ武器とは思えぬ武器が夥しく必要となる。また、材木などもあればバリケードを作れるだろう。
「自隊の甲乙を理解したか! 繰り引きで引くぞ」
包囲し続けるのは消耗が激し過ぎると判断した俺は、伸びきった翼を縮めながら全軍を交代交代に下げる。
後退する度に企て通り正面に対する陣の厚みが増して行った。
『どうにかして洞窟の入口を封鎖せねばなるまいな』
スジラド達と連絡手段がない。そのことが、迫り来る魔物達よりも俺の心を煩わせていた。





