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スライム暴走-01

●まだ慌てる時じゃない

「なんで不安じゃないのですか? スジラドさんは」

 涙声で尋ねるナオミさんに、僕は指を突き出して、

「三つあります」

 と指を折りながら説明する。

――――

 一つ、石壁の崩落は最近のことなのに、ここに風化した骨があること。

 つまり犠牲者を運んだ筈の通路が存在し得ること。


 一つ、扉が閉まっていたにも関わらず、真新しいゴブリンの骨があること。

 スライムだけなら隙間を通って出入り出来てもゴブリンは通れないと言うこと。

 つまり僕達が入って来た通路以外に、スライムがゴブリンを運び込める道がここに通じていること。


 一つ、この周囲は長年放置されていたのに崩れていないこと。加えて松明を揺らす風が通う場所であること。

 つまりここで救助を待っても窒息すること無く、崩落が起きてもここだけは安全だと思われること。

――――

「そう言う見方もあるんですね」

 僕の説明を聞き終わった時、ナオミさんの目は点に為っていた。

 物は言いよう、楽観的に纏めてみたけれど。実はピンチは続いている。

 さっきまでのナオミさんみたいに絶望する必要は無いけれど、後生楽に構えてられる訳じゃない。

 閉ざされたままだった扉の向こうのゴブリンの骨は、別のゴブリンの巣穴に繋がって居る事を示唆する。つまりこれからどれだけ出くわすのか見当も付かない。それにスライムに関して言えば、何も解決していないんだ。


 それにしても。祭壇の上は土埃などが積もっているのに他が余りにも綺麗過ぎる。

 うーん。この部分が引っ掛かるんだよね。


「ナオミさん」

「はい」

「植物とか薬とか、詳しかったですよね。ちょっと調べて貰えませんか?」

 僕は燭台のちびたロウソクの一つに松明の火を近付けた。いつ頃からあるのか判らない黒いロウソクに灯が点る。すると、

「やっぱり……」

 古びていても蝋は蜜蝋。明々と周囲に光を投げ掛ける。そして蝋に封印されていた成分があまり宜しくない匂いと共に、辺りに拡散されて行く。

「この匂いは……」

 目を閉じて手で煙を手前に扇ぎながらテイストするナオミさん。


「嫁取りの洞窟近くに自生する毒草です。

 毒と言っても汁が手に付いても、小さな子供が舐めたりしても、多少被れる程度で、大量に食べでもしない限り死ぬ事はありません。その前に苦くて食べられたものじゃありませんが。

 一般に蚊遣りや虫除けとして使われ、燻すと普通の虫を殺し、虫なら魔物でも退ける効果があると聞きます」

「なるほど」

 意味も無く置かれているとは思わなかったけれど、そう言う事か。


「見て下さい。掃除されたような床と埃が積もった祭壇周りを。恐らくスライムは、こいつを嫌って近寄らなかったんです」

 と、僕は燭台を掲げた。

 すると、あのステンレスに張り付けたガムテープを剥がすような音と共に、辺りの壁が蠢き出した。

 あの緑に錆び付いた扉も覆われる。もしも目印となる燭台や石舞台がなければ、僕達がどちらから来たのかも見失ってしまった事だろう。


「スジラドさん!」

 僕の腰にしがみ付くオナミさん。僕は必死に驚きを押し隠し、辛うじてさも始めから判っていたと言うような顔を作る。色々気懸りはあるけれど、先ずはナオミさんを落ち着かせなきゃ。

「明らかに嫌っています。こいつは奴にとって致命的なものではないと思いますが、出来れば近寄りたくないもの何でしょう。だから時間は稼げます。

 そして僕達が洞窟に居ることは、アレナガおじさん達が知っています」

 少し声の調子は変だけれど。良かった、ナオミさんは気付かない。僕の推理に感心してくれている。

 最悪ここで待って居ても救助は来ると思ってくれたみたいだ。


 実際の所、松明やロウソクが消えたら安全とは言えない。それにこれ多分、猫除けの薬みたいなものだよ。スライムはこれを避けるけれども、必要だったら踏み込んで来る。そんな程度に考えておいた方が良いと思う。

 だって、そうじゃなかったら生贄と思われる朽ちた骨の事が説明出来ないんだもの。


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