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嫁取りの洞窟-04

●問題ない!

 ここは行き止まり。

 斃したゴブリンに止めを刺して別の道を探る。

「これで一通り回りましたね」

 木筆で記録を付けながら、壁の印を検めるナオミさん。

「うん。でもどこから吹いて来るんだろう?」

 あれから僕達は、松明の揺らぎに逆らうように探索を進めて来た。風の吹いてくる方向は全て回った積りだ。

「もう一度回ってみましょう。ゴブリンが居なくなった分、落ち着いて探せますわ」

「そうだね」


 二巡目の途中だった。

 闇の中に、ステンレスに張り付けたガムテープをゆっくりと剥がすような音が聞こえた。

 松明を突き出して照らしてみると、倒した筈のゴブリンが地面に伏している。音はその近くから聞こえた。


「何これ?」

 ゴブリンの下半身を覆う粘着質なもの。松明の焔を近づけると、火を嫌うかのように退いて行く。

 肉の剥がれた臀部。血の滲んだ大腿骨。くすんだ色の膝蓋。そして何かで磨いたようなピカピカの指骨。

 消化の過程を標本にしたようなゴブリンの死骸。


「話には聞いたことがあります。多分これはスライムかと」

「スライム?」

「はい。急所の核を潰さない限り、切っても突いても燃やしても死なない恐ろしい魔物です」

「そうなんだ」

 何となくだけど、スライムと言ったら雑魚のイメージがあった。

「火や光や塩などを嫌うので撃退は出来ると書物で読んだことはありますわ。けれども、核を潰さない限り斃すことは不可能なのです」

 剣も槍も弓矢も効かない、魔法だって同様。とナオミさんは言う。


 松明の炎に追われたスライムは奥のほうに退いて行く。

「え?」

 スライムは行き止まりの壁の方へ逃れ、その壁自体が退いて行く。

 背筋がぞっとした。僕は左右の壁にも松明の炎で炙る。

「よかったぁ。偽装してたのは奥の壁だけだ」


 スライムが引っ込むと、横壁の崩落で繋がった石造りの空間が見える。垂れ下がる樹の根から見て、恐らく樹の根が楔のように石室の壁を割ったのだろう。

 崩落も真新しいものだ。土の色と言い湿り具合と言い、粘菌の類が無いことと言い。松明の明かりでもはっきりわかるくらい新しい。恐らく先程の崩落の際にこちらも崩れたんじゃないかと思われる。


「……アイザックだけが原因でもなかったかな」

 ナオミさんの怪訝な顔に、思わず思案が声になっていたことに気付いた。

 あちゃー。呼び捨てにしちゃったよ。

「……ごめんなさい。決してナオミさんのお兄様を侮辱した訳じゃないんです」

 反射的に頭を下げると、

「まあ、あれはいかにもお兄様らしい失態でしたわね。

 外には後詰の兵も居りましたし、私やクリスちゃんのような護るべき者も居たのです。検分役たるお兄様が武勇を振るう場面ではございませんでした。

 それなのに匹夫の勇に走ったお兄様が、スジラド殿に呼び捨てされるのも致し方ございませんわね」


 スジラド殿? ナオミさん。それ何気に怖いんですけれど。

 敢えて距離を置く言い方に僕の額に汗が流れた。


「尤も、スライムが居たことも踏まえると。下手に時間を掛けていたら、クリスちゃんやナオミさんがスライムに襲われていた可能性もあるよ。

 後知恵なら何とでも言えるだろうけど、今は最悪の状況ではないんじゃないかな。


 それにね。『我に続け』は大将として決して悪いことじゃないと思うんだ。

 『勇将のもとに弱卒無し』と言ってね。ああ言う大将に率いられると、雑兵だって、いいや子供だって勇士の集団に変わっちゃうって言うし」

「うふっ。スジラドさんったら、子供なのにまるでお師匠様のような事を言うんですね」

 ナオミさんは僕の事を、殿付けからさん付けに戻してくれた。


 ともあれ。風はスライムの逃げた方から続いている。洞窟は普通風の来る方に出口があるのだ。

 隠されていた通路は、岩肌を三角おむすびの形に刳り抜いた岩のトンネル。

 僕達はその奥へと歩を進めることにした。


 結局の所、スライムの生態についてはあまり良く判っていない。ただ経験則や遭遇する場所などから考えて、弱点らしきものが知られているだけだ。そしてその弱点を突いたとしても、核を壊さない限り死なないことも判っている。


 程なく、通路は寂びた緑色の金属扉に行き当たった。扉には取っ手があり、軋ませながら動かすとラッチボルトが開く手応えがあった。


三管丁番(さんかんちょうばん)か。アパートのドアみたい」

 覗き込むと、中は壁全体がお雛様の雪洞(ぼんぼり)のように淡く光を放っていた。

 そして向こうの壁に映画やアニメに出てきそうな、いかにも邪教の祭壇みたいな石舞台が鎮座して、土台の石には複雑な幾何学模様が描かれている。

 石舞台の周囲には七本の七枝の金の燭台。最後にいつ灯したのか分からないが、黒い蝋燭が全部で四十九本。最もちびた物でも四分の一程燃え残っていた。


「スジラド。あれ……」

 声が裏返ったナオミさんの指差す方を見ると、石舞台の上には辛うじて形を残す風化した骨。大きさから察するに人間の子供位の大きさだ。

 手足を扉と同じ色の枷と鎖で石舞台にXの字に引き延ばされ、頭蓋骨は大きく口を開いている。

 また、石舞台の近くには、何かで磨いたようなピカピカの白骨が転がっている。やはり人間に近い骨格ではあるが、こちらの口には鋭い牙が生えていた。


「床の骨はゴブリンの物で、石に上に繋がれているのは、恐らく人間の子供の骨に違いありません。歳は七歳から十歳前後。頭蓋骨の骨の隙間から判ります」

 話すナオミさんの声に脅えが見える。


「ナオミさん?」

 そっと隣に僕は立つ。

「今はいいわ。松明があればスライムは近寄って来ないのですもの。でも全ての松明が燃え尽きた時……」

 年下の僕の手前か、取り乱す半歩手前で踏み止まっている。

「ナオミさん」

 ぎゅっと彼女の手を握る。

「出口は直ぐだと思ったのに」

 まつ毛の先を振るわせて、今にも零れ落ちそうな瞳の光。

 これはもう、半端な言葉じゃ届きそうも無い。だけど絶対にこの人を泣かせたくないと真剣に僕は思った。

 だから結構無理をして(つと)めてゆったりと呼び掛ける。

「ナオミさん! 落ち着いて」

 そして僕より上背のある人を、力一杯抱きしめた。


「出口は、あります。ここから続く出口はあります」

 必ずしも気休めじゃない。僕にはそう言えるはっきりとした理由があるんだよ。


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