嫁取りの洞窟-03
●小さな穴
洞窟の奥の僕達三人とアイザック様との間に、土砂と岩の壁が出来た。下手に動かすと崩れそうな絶妙のバランスで石や岩が積み重なっている。出口方向が塞がれてしまった。
「兄ちゃ……」
不安に打ち拉がれたクリスちゃんの声。
「大丈夫。近くにはお父さんの兵が居るから、時間の問題で必ず助けて貰えるよ」
「うん……」
僕はクリスちゃんに声を掛けながら、松明を近づけて辺りの様子を伺った。
周囲の壁面を見れば細かい亀裂が多く土も脆い。獣が齧ったような歯の筋が見える。
探っていると骨の詰まれていた場所に、ゴブリン以外の骨も見つけた。野生の鹿の下あごだ。歯の隙間に土が詰まっている。
「これか。こいつをシャベルにして通路を広げたんだな」
落盤自体はアイザック様が自重しなかったせいだけれど、幾らなんでもあの程度で落盤が起きるのは予想外。
だけどゴブリン達が梁も柱も入れずに洞窟を拡張した結果なら頷ける。
「おーい! ナオミ! クリス! スジラド! 聞えたら返事しろ!」
アイザック様の声が聞えた。
「お兄様ぁ~。皆無事です」
声を頼りに調べてみると、天井近くに岩と岩が組み合わさった隙間があって、半ば土砂が詰まっている。
僕は見つけた鹿の骨で少しずつ土砂を取り除いて行った。
「駄目だ。これ以上は広げれそうにない」
僕とアイザック様が頑張った結果。物の受け渡しには十分使える長さ百二十センチ位のトンネルが出来た。
でも穴の大きさが問題だ。クリスちゃんでも難しく引っかかったらお終いだ。当然僕は無理。ましてナオミさんが通れる訳がない。
「無理して広げて土砂に圧し潰されるようでは本末転倒だな」
穴越しに疲れた声で言うアイザック様。
「ええ」
僕は少し考えて、
「アイザック様。クリスちゃんだけでも何とかそちらに。骨接ぎは出来ますか?」
一瞬の間があって答えが返った。
「勿論だとも。俺はガキの頃から大将の修行をして来た。武士の頭として兵を率いる以上、五武四術三学の会得を欠かせんわ。当然無手の業も身に付けている。落とした者に活を入れたり、折った骨や外した骨を元に戻せんでどうする」
「判りました。もしもの時は後の処置をお願いします」
この位の女の子の身体は柔らかいから、多少の無理は利くと思う。だけどもし途中でつっかえる様なら、肩を外して何とか通す積りだ。
だって無茶をしてもあちらに行かせないと、クリスちゃんの命に係わるかも知れないからね。
僕は落盤土砂の上から下り、クリスちゃんに目の高さを合わせて言った。
「これから、若しかしたら痛い事をするかも知れないけれど、僕を信じて貰えないかい?」
するとクリスちゃんは神妙な顔で、
「うん。いいよ」
と言った。僕はほっと息を撫で下ろしたけれど、続く言葉に石像になった。
「お掃除のお姉ちゃん達言ってたもん。男の人は痛い事するから、お嫁さんになりたい人にだけ許しなさいって。クリス、兄ちゃなら良いよ」
「な……」
絶句するナオミさん。
「はっはっはっ。この色男め」
高々と笑うアイザック様。
どう見ても何を言っているのか理解してないおませさん。ちっちゃい子の言う事だけれど、なんだか首が絞まって居るような気がした。
だけど今のアイザック様の大笑いで周りの空気が明るくなった。
「何箇所かでスカートごと足を縛るよ」
「どうして?」
「だって途中で引っ掛かったら破れちゃうし」
「うん。そうだね」
「向こうに押し込む時、中が見えちゃわないようにね」
「……うん」
返事が返るまでに、ほんの僅かの間があった。
準備が整ったクリスちゃんを抱えて土砂を上り、頭から穴に差し込んで、アイザック様の方に送り出す。
「そうそう。肩で腕を補う感じで出来る限り先へ手を伸ばして!」
お。いける。クロールで水を掻くスタイルを遣らせて正解だ。このやり方で見掛けの肩幅が狭くなってる。
最後に靴底を押して僕の肩目一杯まで穴に入り込んだ時、
「良し。脇の下を確保した」
アイザック様が引っ張り出した。
それから穴を通じて、予備の松明・火縄の筒・水や食料を送り込んで貰い、アイザック様はクリスちゃんと応援を呼びに行って貰うことで話が纏まった。
「お前たちはどうする?」
アイザック様の問いに、僕の考えを話す。
「ここを一度離れます。崩落の危険性を考えれば奥に避難したほうがよさそうですし、松明の揺らぎから見て風を感じるので他の出口がないか念のために調べておく必要もありそうです。ええ、灯りのある内に戻ってきますとも」
「そうだな。手を拱いている閑が有ったら、打てる手は打つべきだ」
アイザック様の賛同も得た。
「それに、一応はゴブリンの残党狩りもしておかないとね」
「余裕あるなお前」
そうかなぁ? 結構キツキツの感じだけれど。
話の前提条件が変わった以上、出来る事は遣って置くべきだと僕は考える。
「あんまり考えたくないけれど、洞窟が崩れた影響で他の場所から巣穴が潰されたゴブリンが湧いて出るとか想定しておく必要がありますよね」
「そうだな。最悪を考え備えておくのが大将の道だ。お前、俺の所に来ないか?」
「光栄ですが、僕は伯爵閣下の直臣ですよ」
「あ、いや。今のは忘れてくれ。すまない」
こんな遣り取りの後、僕達は落盤現場を後にした。





