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嫁取りの洞窟-02

●お父さんは心配性

 本人はもう直ぐ六つのお姉さんなどと主張するけれど。五つの娘を成人の通過儀礼の洞窟に送るのだ。心配のしない父などいない。

 だから密かに都に使いを出して、腕利きの権伴(ごんのとも)を派遣して貰い今日に至る。


「それで、アレクシアス殿。ゴブリンの数は」

「ああ。程好く間引いておいた。間引きにあたり、この香りを身に振りかけて打ち拉いだ。

 ご息女にはこの筒を持たせ、いざと言う時にはこの紐を引かせると良いだろう。辺りに香りが撒き散らされる。

 この香りの下で散々恐怖を叩きこんだ故、嗅げばゴブリンの方から逃げ出してくれることだろう」


 一角獣の紋章を着けた漆黒の甲冑を見れば子供でも判る。

 彼こそ、数多い権伴の中でも力無き者の味方として誉れ高き、代理戦士(チャンピオン)。アレクシアス・ルーケイ殿だ。


「難儀をしますな。主家の接待は」

「痛み入ります。しかし、まさかうちの娘まで付いて行くと言い出すとは思いもよりませんでした」

「子供とはそう言うものだ。では、俺も次の仕事があるのでな」

 アレクシアスは報酬を受け取ると静かに去って行った。


●スイッチ

 僕の器量試し当日。

 何か大袈裟なことに成っちゃってる。洞窟り周りを囲むように、ウサの(つわもの)が殆ど総出で配されていて、彼らに見守られる形で僕達は中に入る。


 隊列は、僕の力を見る為だから僕が一番前を行く。結構離れて予備の松明を持つナオミさんとクリスちゃん。そのほんの少し後ろに、殿警護と全体を見渡す為にアイザック様が陣取った。

 ゴブリンは結構知恵が回るので、僕達をやり過ごして後ろから襲って来るとか、地の利を活かして挟み撃ちにすると言う事も仕掛けて来るからだ。

 勿論付き添いの女の子達にも、安全の為に身の丈に合った盾を装備して貰っている。


 丸い盾を左の腕に通し。左手に灯した松明を握り、肘を身体に付けたまま左拳を右肩に付ける。これで前方の備えと右上からの光源を得た。

 やってみると見た目よりも窮屈に感じない。


「ゲッゲニ! ギン! ゲーゲンダガ!」

「コゴド! ゴモゴ! ダガヤ ガッチギ マ ガエーゲ!」

「ナーガーカガ マガノ! ゴカーガタ ガキーギ! ダガー」

 やっぱり松明の焔は目立つ。僕を発見した。その数三匹。


 前から二匹が飛び込んで来るのを待ち受ける。

 速さの違いで先に到達した一匹を盾で顔を殴り付け、怯んだ所を脇を刺す。ワンツーパンチの要領で、切っ先は確かに肝臓を抉る手ごたえがあった。

 その隙に肉薄しようとするもう一匹に、右のローキックを見舞い転倒させると、返す剣で身体を回しながら頸椎に斬り付ける。

 返り血が赤く盾を染めた。


 確りと二匹に止めを刺した上で、怯んで逃げ出す三匹目の後ろに追い迫る。振り向き様の横薙ぎを許さぬ様、ゴブリンの剣の間合いの外からお尻を蹴り上げて前のめりに倒した。

 背を向けて倒れたゴブリンの、足を突き刺すと、

「チギク! グーショ ゴーヒギト! ゴオゴ モ ゴイギニーコ! ゴローゴ セーゲ」

 のた打ち回りながら悲鳴を上げる。


 結構陰惨な場面なのに、全く動じないクリスちゃん。それどころか手を打って喜んでくれている。

『やっぱりこう言う世界なのか』

 思いつつも、身体が拒絶すること無く慎重に抵抗力を奪ってから止めを刺す。


 この後も僕は黙々と、堅く護りを固めながら剣と松明でゴブリンを駆逐し続けた。


「何だこれは!」

 奥へと進む回廊の横に瘤の様な窪みがあった。そこには一塊になった骨の山が、無造作に積み重なっている。

「ゴブリンの骨ですわね。お墓かしら?」

 ナオミさんが首を傾げる。

「待て待て。ゴブリンに墓などあるものか。下手したら共食いする様な魔物なんだぞ」

 アイザック様、突っ込みナイス。


 結局、見るべきものは何も無く僕達は先へと進もうとした。その時、僕の脳裏にふと浮かんだ。

 あれ? どこかで似たようなシチュエーションが……。

「兄ちゃ、どうしたの? 先に進まないの」

「まだまだ先は長い。急がないと日が暮れるぞ」

 考え込んだ僕に声を掛けるクリスちゃんとアイザック様。だけど何か引っかかるんだ。

「あ!」

 僕は回れ右して、壁に沿って擦る様に松明を回した。

 と、突然焔が壁に燃え移った。いや、暗がりで岩壁に見間違えていたポロ切れが燃え上がった。

 そしてその先に、隠れていた武装したゴブリンがざっと十数匹!


「猪口才な。ゴブリンの分際で、俺を謀ろうとしやがったな」


 あ、アイザック様ったら、何かスイッチ入っちゃった。

 アイザック様が躍り込むと同時に、ナオミさんは両手でそっとクリスちゃんの目隠しをした。

 あ、これ。……夢に出そう。えっちには程遠い十八禁の光景が僕の脳裏に焼き付いた。

 そして、戦いの狂騒に身を任せたアイザック様は、かなり強力な魔法を使ってしまった。


「雷電合して(あき)らかなり

 今ぞ(うったえ)を用いるに()し いざ(のり)ととのえよ

 燃えよ火の雷 熱線」


 アイザック様の掌から青白い光線が放たれて、奥に押し込められたゴブリン達を纏めて貫いた。

 但し、岩肌に手のひらサイズの穴を開けて。


 程無くドーンと鈍い破裂音。壁を崩して噴き出す蒸気。

 揺らぐ洞窟。落ちて来る塵や大石。


「これ。崩れない?」

 と口にした直後。アイザック様は叫んだ。

「逃げろ! 圧し潰されるぞ!」

 咄嗟に僕は、ナオミさんとクリスちゃんを引っ張って落石から距離を置くのがやっとだった。


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