嫁取りの洞窟-01
●言質取られた
「嫁取りの洞窟?」
思わず僕は訊き返した。するとアレナガおじさんが説明してくれる。
「元は新宇佐村の開拓当初に生息していたゴブリンの巣穴です。
森の奥に追いやった今も数が増える繁殖期の前後になると、森の奥から出てきたゴブリンが棲み着くことが多い洞窟なので、定期的にゴブリン退治を行っています。
討伐は、毎年収穫を終える前後にその収穫を狙って出てくるゴブリンの討伐も兼ねて、十五歳になっても神殿へ行く余裕のないモノビト達に対する成人の試練としても行われているのですよ」
選定された試練の内容に乗り気のアイザック様も、僕を煽る煽る。
「怖いか? 十五で受ける試練だ。年の足りない今のお前が断っても恥では無いぞ。
だが知っての通りゴブリンは最弱の魔物。草の茂る場所の不意打ちは恐ろしいが、怠りなく備えた腕の立つ男なら、武勇を示す好き敵だ。だからモノビトに限らず武を示して出世したい農民の次男坊以下なども参加する。
功名次第ではイヅチに取り立てられる者が出る。そこまで行かずとも、無事に試練を超えた者には正式に嫁取りが許される。故に嫁取りの洞窟よ。
な~に、人攫い相手に武功を立てたお前だ。さほど危険は無いだろう。
それにお前だけには行かさんよ。元々隊を組んでの討伐なのだ、後ろからお前の働きを見届けるためにこの俺も同行する。腰を抜かしたり不覚を取ったりしても助けてやるから安心しろ」
アイザック様の言う事は本音だろう。万一の時は身体を張ってでも僕を助ける気だ。
だけどアイザック様は、例えるならば体育会系の実力がある先輩と言った感じに見える。この手の人と来たら面倒見がとても良いが、自分に勝る後輩を敵視して憎むと言う悪癖持ちが少なくない。
そんな僕の心を察したのか。釘を刺す様に僕に向かってこう言った。
「何を考えて居るのか察しは着くが、要らぬ気兼ねでしくじるなよ。
良く聞け。器量ある者に嫉妬して、自分に及ばぬ者だけを配下にするような者は大将の器に非ず。配下の功名も含めて大将の手柄だ。
心の伽藍に誓って言うが、お前がナオミの婿に相応しくないなら退けるし、相応しい男なら喜んで俺の義弟と認めてやる」
ナオミさんにプロポーズした積りなんて、これっぽっちも無かったけれど。アイザック様にこうまで言われると何も言えない。言えるような雰囲気じゃない。
『断ったら、多分……』
可愛さ余って憎さ百倍ってことに成りそうなのは、簡単に想像が付いた。もうこれは到底断れるような流れじゃない。
とまあ。ここまではアイザック様の目論み通りだったんだけれど、
「私も参りますわ。お兄様」
ナオミさんが同行を口にした。
「中でも嫁取りの為に赴く者には、嫁となる人も同行すると聞き及びます。私も顰に倣わせて頂きますわ」
「待て待て! 何を言いだすんだ」
当然アイザック様は却下を言い立てたが、
「人攫い討伐のスジラド殿だけでも十分なのに、お兄様直々のお出ましなのですもの。どこに危険がありますのでしょう?」
と、言われたら口を噤まざるを得ない。
アイザック様は助けを求める様にアレナガおじさんの方を見たが、静かに首を横に振られた。
「アイザック様。充分な後詰を致しますので、お諦め下さい」
彼とて主家の連枝の女の子を危険に合わせたくはなかっただろうけれど、口ではナオミさんに敵いそうもないようだ。
だけど、ここで終わって居ればまだ良かったんだけどね。
「兄ちゃ! クリスも行く~」
僕もアイザック様もナオミさんも、アレナガおじさんも想定しなかった飛び入り参加。
「待ちなさい! お前はまだ五つじゃないか!」
我に返ったアレナガおじさんが叱り付けたが、
「もうすぐ六つ。お姉さんだよ」
確かにそうだが、女の子は口達者。回らぬ舌でも理屈を捏ねる。
「……七歳の儀も済ませない子供が行くには危険すぎる場所だ」
と言い直したら言い直したでクリスちゃん。
「全然危なくないよ。強ぉ~い兄ちゃと、もっともっと強いアイジャックさまと一緒だもん! ね、アイジャックさま」
さりげなくアイザック様への信頼にすり替えた。
一見ナオミさんの真似っこみたいに見えるけれど。計算尽くな彼女とは違い、クリスちゃんのは誰がどう見ても本心だ。
そしてこの無条件の信頼がアイザック様の琴線に触れたのだろう。
「おぅ! ゴブリン程度千匹居ようと木っ端の火よ。俺の傍に付いて居ろ。何が有っても護ってやるぞ」
滅茶苦茶簡単に、アイザック様から言質を取っちゃったよ。
元々そんなに危険の無い試練である。主家の息子にこうまで請け負われると何も言えない。
意気揚々のアイザック様や、にこにこしてるナオミさん。そして無邪気にはしゃいでるクリスちゃんとは対蹠的に、アレナガおじさんの顔から血の気が失せて行った。





