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君の名は-07

●悪童健在

「かいもぉ~ん!」

 間も無く日が沈むと言うぎりぎりに、数騎の供を連れた騎士が、新宇佐(にいうさ)村の門を叩いた。

 やけに居丈高な態度に門衛が紋章を検めると、村を領するカルディコット伯爵の紋章に三つの垂れを持つ赤の横帯。嫡庶に関わらず当主の長男を示す紋章だ。

「俺の顔を知る者を呼べ! 居らぬならナオミを呼べ」

 バイザーを跳ね上げた顔を見た門衛は、

「アイザック様お待ちを! 今直ぐ開けます」

 と掛けたばかりの閂を外し、慌てて一行を招き入れた。


「お兄様。いきなりどうなさったのですか?」

 突然の来訪に、顔に何でと言う色が浮かぶナオミ。

「あんな手紙を貰って来ぬ訳が無いだろう。馬を取り替え早駆けして参ったわ。

 大事な義妹(いもうと)が求婚されたと聞いてはな。いったいどこの馬の骨だ!」

「取り敢えず、白湯でも飲んで落ち着いて下さい。そのように(たかぶ)った様子では、話になりませぬ」

「ん。ああ」

 一口含み温度を確かめると温い湯冷ましだ。そのまま一気に飲み干すアイザック。


「で。どうなされました」

 ナオミが聞くと、

「女に優しく頼もしい殿方とは誰の事だ? 妻問(つまど)いされたと書いてあったが」

 努めて穏やかに尋ねるアイザック。

「妻問いとはまた大袈裟な。名前を聞かれたと書いた通りでございますわ」

「手紙の半分が、そいつの誉言よげんで埋まっているのに? しかも俺と比べながらだ」

 アイザックとしてはそれが一番気に障るらしい。


「事実は事実ですわ。お兄様も昔はやんちゃで乱暴で手の付けられない悪童にございましたわ。その前は、わたしを追物の犬か何かとお間違えになって居た時代もございましたし」

「はあ? そんなガキの頃の話を持ち出すのか?」

「はい。十やそこらの殿方を、今のご立派になられたお兄様と比べるなど。ほんに人を馬鹿にした話でございますでしょう。比べるならば同じ年の頃でありませんと」

「十やそこら……お前なぁ。思わせぶりな文を送るなよ」

「送れとおっしゃったのはお兄様にございます」

「はぁ?」

「その殿方こそ、スジラド殿にございますわよ」

 合点したアイザックは、コキコキ首を動かすと、

「湯をくれ」

 と白湯のお代わりを所望した。


 飲み干すと、安堵の彩と入れ替わりに何かを企む悪童時代の笑いが浮かぶ。

「お兄様。根の所では全く変わってらっしゃいませんわね」

「お前もな」

 義妹に向かってアイザックは、十歳の子供に戻ったかのような言葉を返した。


●色男

「スジラドはどこだ!」

 翌日夕刻。アイザックは宇佐(うさ)村の館砦を訪れると、高々と呼ばわった。


「アレナガ殿。スジラドを呼んで頂きたい」

 するとウサ騎士爵・アレナガは、威儀を正してこう返した。

「アイザック様。スジラド殿は軽輩なれど伯爵閣下の直臣にございます。たとえ閣下の御長子様と言えども呼び捨ては如何かと愚考致しまするが」


「俺は親父、カルディコット伯爵の息子として来たのではない。スジラドに妻問いされた女の義兄(あに)として参ったのだ。

 たとえ相手が誰であろうと。俺の義妹(いもうと)に妻問いした以上、舎弟格(しゃていかく)と呼び捨てて何が悪い?

 疾く呼べ。どんな野郎か、俺直々に見定めてくれるわ」


 程無く現れたスジラドに、アイザックはいきなり指呼の間に詰め寄ると剣の柄に手を掛け、

「この色男。遊びか? それとも本気か? 返答次第では只では置かぬぞ」

 と殺気を撒き散らして見得を切った。

「え? え?」

 殺気に動じては居ないものの、良く事情が掴めていないスジラドは戸惑うばかり。そこへ、

「兄ちゃを虐めちゃだめぇ!」

 間に割り込んで来るアレナガの娘。涙を浮かべ震えながらも両手を広げて通せん坊。


「……お前なぁ。そりゃ反則だぞ」

 ぶつくさ言いながら距離を置くアイザック。

 子供の頃ならいざ知らず。一廉の大将となった今ではちいさな女の子にここまでされては退くしかない。なぜならば、ここは戦場などでは無く父の家臣の館だからだ。

「まあ良い。近日中に、俺が直々にお前の器量を見定めて遣る。よもや、否はないだろうな」

 と言い放ち。スジラドに承諾させた。


 スジラドが涙ボロボロのアレナガの娘を連れて下がった後。口元に笑みを浮かべたアイザックは、アレナガに言う。

「万が(いつ)だが。あ奴めが、俺の乳母子(めのとご)のナオミを娶るとしたら、ご息女に正室の目は無いぞ」

 アレナガはパタパタと左手を振り、

「御冗談を。クリスはまだ五つの幼児ですぞ」

「女を見掛けで判断するな。そのまだ五つの幼児殿が俺の殺気を真面に受けて、なおも毅然と立ち塞がった。あれは好いて居るからこそ為せた(わざ)だ。違うか?」

 アレナガの顔になんとも言えない哀愁が浮かんだ。


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