君の名は-06
●草摘みの乙女
村を通り抜け、峠の頂で確認した道を進む。舗装はされて居ないが何年も人の足で踏み固められた固い道だ。
丘陵とは言うが下から見ると樹木の茂らない里山と言う感じ。
丘の入口。土の道の始まりまで行って馬を降りリョウタに仔馬を任せると、草を分けて進み行く。
「兄ちゃ! お花いっぱい!」
丘は僕達を、明る過ぎる緑と日向の匂いで迎えてくれた。
「そうだね」
手を引っ張られながらゆっくりと進む草の道。
「はい!」
クリスちゃんは、途中で引っこ抜いた花弁を僕に渡して、こうするのとばかり根元を咥えて吸って見せた。
「……甘い」
量は僅かだが、癖のある香りと蜜の味がした。
「でしょ? 村の子のおやつだよ」
「物知りだね」
「えへっ」
知らなかったから素直に褒めたんだけど、ほっかりとする笑顔を見せてくれる。
そんなクリスちゃんのご機嫌を取って登りながら、食べれる野草や自生の薬草を採取して行く。
丘の頂上に近付いた頃。
「兄ちゃ! 誰か歌ってる」
落ち着いたアルトの声で歌が聞えて来た。
――――
♪春は楽しや 明けの園
花の冠 首飾り
野に摘む草の 香り好し
汁菜も飯も 土筆かな♪
――――
現代日本ならば中学生位だろうか? 嫋やかで落ち着いたとっても綺麗なお姉さんが、小籠に野の恵みを摘んでいる。
――――
♪夏は嬉しや 月の宵
飛び交う蛍 星の原
涼風揺れて 清々し
里曲も 野辺も 露降らせ♪
――――
不思議な人だ。ネル様より年上なのにネル様より無垢な人に見える。
気の迷いだろうか? 水に浮かぶ漣のように、零れ落ちる滴のように、光がお姉さんの傍で踊っている。
「兄ちゃ! ねー兄ちゃ!」
クリスちゃんの声に我に返る。どうもぼーっと止まっていたらしい。
「あら? あなた方も草摘みですか?」
子供のキンキン声に慣れた僕の耳に、大人の少しだけ低い声が染入って来る。
「あー。兄ちゃ、真っ赤っかぁ~」
クリスちゃんの声で気が付いた。僕の耳朶が熱を持って居ることに。
「感心ですねぇ。あなた位の男の子は、ちっちゃな妹など邪魔っけでしかない筈ですのに」
どうやら、兄妹に見えるらしい。
「感心……ですか?」
「はい。私のお兄様なんて、成人した今でこそ少しは気を遣ってくれますが。子供の頃はそりゃあ酷いものでしたよ。
いつも私は置き去りにして、外で乱暴な遊びばかり。何かと威張りん坊さんなのに、口ではうんと年下の私に言い負かされてしまう人でしたわ。
もっと小さい時なんて。習ったばかりの武術の技を私に掛けて、それで腕が抜けてしまった事は一度や二度じゃありませんのよ」
愉快そうに話すお兄さんの事。これ、愚痴と言うより惚気に近いんじゃないのか?
「子供の頃のお兄様があなたみたいな人だったら。と思う位の良いお兄さんぶりですわよ」
「はぁ、どうも……」
何と答えて良いのか判らなくなった。
「くすっ」
僕が弱っているのを見てお姉さんは、口元を手で隠して笑う。
「あー!」
やっとからかわれているのだと気が付いた。
「これこれ! ここにもあったよ」
クリスちゃんでもあっと言う間に見つけちゃうのは、ニラやアサヅキのような食べれる野草。
「その草は全部取ってしまっても宜しいですわ。でも、引っこ抜いて根を涸らさないで下さいね」
「うん!」
「御本に根っこを食べるとある草は、採りつくしちゃ駄目ですわよ」
「判った」
優しく教えるお姉さん。
「姉ちゃ、これは?」
「葉の付け根を御覧なさい。根元に袴が無い方が毒草よ。千切って手に汁が付いた位じゃ平気だけれど、汁が目に入ったら失明することもあるの。もしも傷から入ったら大事よ。
まぶたや舌や口の中が腫れたり、身体が赤くなってプツプツが出来るだけで済むこともあるけれど、息切れがして咳や喘息を起こしたり、吐き気や腹痛を起こしたり、眩みを起して倒れてしまったりしますのよ」
野草に詳しい人だから、安心して見てられる。
時折、葉っぱの汁に血止めの薬効を持つ草とか、煎じた根が熱冷ましになる草とかも見つかった。
お姉さんと僕とクリスちゃん。三人でお昼のお弁当を一緒に食べて、草摘みを再開。
笈の中の籠も粗方埋まった頃。
カラーン。カンカンカン。カラーン。カンカンカン。
村の方から時を告げる鐘が聞える。新宇佐村で午後の農作業を始める合図だ。
「時間だね。そろそろ帰らないとお家に帰れなくなっちゃうよ」
名残惜しそうなクリスちゃんに言い聞かせて、僕達は帰途に就く。
「今日は楽しかったですわ。ご縁がありましたら、またご一緒させて下さいませ」
お姉さんの社交辞令に僕は、
「はい。その時は宜しくお願いします」
気持ち良く答えた。そして、お互いに名前を知らない事に気が付いて、
「僕はスジラドと言います。お姉さんは?」
と、つい名前を聞いてしまった。それが何を意味するとかも知らないで。





