君の名は-05
●峠の茶屋
「行ってらっしゃいませ」
新宇佐村への日参で、すっかり顔パスになった僕に油断怠りなく挨拶する門衛。
「もしも晩く成るようでしたら、大事を取って新宇佐村で泊まって来ます」
優先するのはクリスちゃんの安全だから、アレナガおじさんの了解は取ってあるんだ。尤も、十歳と五歳じゃ、同じベッドで寝た所で変な勘ぐりする人も居ないけどね。
新宇佐村へとを続く道は、街道のように砕きレンガを敷き詰めてある。夜来の雨にも全く泥濘る事無く、僕の仔馬は歩を進める。街道とは違い起伏が激しいが。日の有る内は滅多に物騒な物が出ない道を、てっくりてっくり歩いて行く。
道は山道に差し掛かり、越える峠の七曲り。一時間ほどしてやっと頂が見えて来た。峠の頂には道を塞ぐように柵があり、見張りの関所を兼ねた茶屋が置かれている。
「休んで行こう」
「うん」
クリスちゃんは頷いた。
「いらっしゃいませスジラド様。あ、お嬢様もおみえですか」
生憎と出て来るのは可愛い看板娘でもお婆さんでも無く、剣を吊るし皮鎧を着けたむくつけき男達。皆アレナガおじさんの御家来だ。ここに詰める兵士五人とはすっかりお馴染みになっている。
「取り敢えずお水を頂戴。リョウタ、タケシに飲ませて」
「了解!」
ここには樋を使って山の湧水が導かれていて冷たいお水なら只で飲める。馬用に掛流しの桶もあってそちらも只。
壁の上部に掛けられたお品書きの札には、ソバのガレット・オリザケーキ・ポテトケーキなど小腹を満たす物の他に、定番の甘酒やハーブティに加えコーンスープなども供されている。その他ザワークラウト・焦がしグルミ・乾燥じじみ・ドライフルーツ各種がある。
「兄ちゃ、どれが美味しいの?」
「これなんかどうかな」
僕は一文銅貨をカチャリと料金箱に入れて蓋を開ける。そして飴色の干しリンゴを一つ取り出した。
こいつは芯を抜き十二等分した物を塩水を潜らせて水を切り、鍋でリンゴジュースと一緒にとろ火でコトコト煮詰めてから、網に入れて干した物だ。ある程度乾いてから時々リンゴの蒸留酒を霧吹きしながら完全に干す。もちろん完成品はアルコールが飛んで香りだけが残っている。
そいつを真ん中を捩じ切って好きな方を取らせる。するとクリスちゃんは遠慮がちに、それでも少し大きい方を持って行った。
「ん、んー!」
口に入れると忽ち美味しい顔。可愛らしさに思わず頭を撫でちゃうのは仕方ないよね。
関所の茶屋の向こうの柵に近づくと、
「うわぁ~」
クリスちゃんが声を上げた。
眼下に広がる平の手前側。目見当で八分の一程の面積が村の敷地だ。
数か所に砦のような造りの石の建物があり、集落もブロックごとに濠と土塁と木柵で囲まれている。
その濠は、左手の滝を源に村を縫い右の方に流れ行く川と繋がっており、守りの為の障壁でもあり、農地を潤す用水でもあり、集落を結ぶ道でもあるのは明白だ。
この見下ろす村が新宇佐村だ。ここは宇佐村のある宇佐平とは山一つ隔てただけの近さ。水の便も良く、土地の質も悪くない。なのに近年まで開発が遅れたのは偏に魔物の存在だった。
アレナガおじさんだけの力では駆逐できず、ネル様のお祖父様がカルディコット本家の力も借りて魔物を駆逐した結果、やっと開発が出来るようになったのだ。
いくらお金と人を出して貰っているとは言え、自分の物に為らない土地をウサ騎士爵家が開拓の指揮を取るのは、実は安全保障上の問題。この新しい村が、時々起こる魔物の襲来を食い止める堤防の役を果たしてくれるからだと言う。勿論、余禄もあるけどね。
「草摘みには、右の山手のあの辺りが宜しいかと。魔物のやって来る山とは離れていますし、獣もあまり近寄りません。昼間なら大事は無いかと思われます」
勝手知ったる茶屋番さん達に聞くと、乗馬鞭で指し示して教えてくれた。
緑が広がる丘陵だ。疎らに赤や黄色の点々があるのは多分花だろう。
村から少し離れるけれど、ちゃんと道も通っている。





