君の名は-04
●二人目のヒロイン
お休みの度におねだりされる遠乗り。
僕に素気無い扱いが出来る訳でもなく応じていたら、クリスちゃんったらすっかり僕に懐いちゃったよ。
「兄ちゃ! タケシが喜んでる」
クリスちゃんが塩を上げると、仔馬は僕の時よりも露骨な程に機嫌が良く成る。
タケシとは仔馬の名前だが、クリスちゃんに、
「お馬さんのお名前は?」
と聞かれて思わず口にした名前だ。真名で表すなら『武』あるいは『健』となるのだろうか?
「今日はどこへ行きたいの?」
「んー。草摘み! クリスね。食べれる草が判るんだよ。ほらぁ!」
手帳サイズの絵本を出した。判別しやすい食べれる野草と良く生えている場所の風景が描かれている。
似た毒草がある場合はそれらを並べて見分け方も書かれているから、図鑑に近い物だ。
「草摘みでしたら、村の外に出ないといけませんぜ」
轡を執るリョウタが助言する。
「新宇佐村の西へ馬で一時間程上った辺りに、平があって、その辺りが穴場だぜ。先ずヤバイ獣は出ねぇけど、万一に備え村の者はウサ様を通じてノヅチの皆様に護衛をお願いしてますぜ」
「じゃあ、武装して行けばいいんだね?」
「へい」
忠告に従い剣を吊るし弓矢を負い、一筋の槍を携える。それから摘んだ草を入れる籠を入れた笈を用意して貰った。
「兄ちゃ! 兄ちゃ! 見てみてぇ!」
振り返ると、手足を鋭い葉や汁のカブレから守る腕抜きに長靴下。手には薄手の革手袋を嵌め、お砂場遊びに使えそうな大きさのスコップや金色に輝く青銅のカミソリなどの採取用具を腰のベルトに付けたクリスちゃん。
とても誇らしそうに胸を張っている。
「凄いね。クリスちゃん、とっても立派に見えるよ」
こんな時、かっこいいと言うべきなんだろうけど。そう言われて喜ぶのは男の子。女の子相手には憚られる。
でもだからと言って、可愛いなんて言ったらクリスちゃんに叱られそうな雰囲気だ。
「でしょでしょ! クリス、冒険者なの」
「冒険者?」
そんなものがあるんだ。ラノベみたいと思ったら、
「ラノベって言う、昔のシャッコウ様が伝えられた冒険話によく出て来る奴ですぜ」
「あるのぉ! ラノベが」
思わず突っ込んじゃった僕。
リョウタは笑いながら、
「おかしなことを言わねぇでくださいよ。ラノベはラノベだぜ」
と言う。どうやらおとぎ話って程の意味に取って置けば良いのかな?
「それで冒険者って何?」
僕がそう聞くと、
「あ、そうか。スジラドは武術や学問に明け暮れていたから知らないんですね。冒険者と言うのはラノベに出て来る何でも屋や魔物退治の専門家で、例えるならば渡りの権伴様みたいな連中ですぜ。
尤も権伴様方とは違って多くは平民で、下は飯も出ねぇ雨露を凌ぐだけの安宿に泊まり、市に待機して仕事を探すようなその日暮らしの者達です。しかし冒険者の位階が進むに連れ、段々と扱いも変わり、ドラゴンでも斃せるような天辺近くは諸侯並みの扱いを受けるとか。
ラノベってぇのは、そんな世界を腕と度胸と才覚でモノビトやスラムの孤児から這い上がり、大勢の美女や美少女のヒロイン達を引き連れて、遂には王侯貴族にまで上り詰める出世話が多いんですぜ」
ここまで話してくれた時、リョウタは僕をじっと見た。そしてクリスちゃんの方も見て、
「今気づいた。スジラドって、ラノベの主人公みたいだぜ」
「えー! どうして?」
失礼なと声を上げると、
「だってよ。生まれも知らねぇモノビトから身を起して、貴族の姫様救って出世して。武術も魔法も学問も抜きん出て、しかもネル様に続く二人目のヒロインがここに居るし……」
あ、クリスちゃんが、ボクシングのピーカブーみたいな格好で、頬を赤らめてくねくねし出した。
「ヒロインって……何?」
ぼやく様に僕の口から飛び出すと、クリスちゃんが、
「主人公のお嫁さん。じゃなかったら、恋人さん」
嬉しそうに答えた。
僕は大きく息を吸い込み、
「ですよねー」
乾いた声で答えていた。





