魔法のお勉強-06
●失敗が許される時
「自力で魔法を使えるようになって、強く成ったと思ったでしょ?
実際、仔犬ちゃんの技もデレック君の攻撃も、大したものだと私は思うわ。
姫様も咄嗟にあんな応用出来るなんて大したものよ。傀儡の動きが起こす風の動きを強引に止めるなんて、学びも力も頭の柔らかさも自惚れる資格があると認めます。
傀儡からすれば、行き成り周りが水飴かタールに化けたような感じになったでしょうね。
でもあなた達には圧倒的に経験が足りないの。経験を積んだ大人が同じ魔法や同じ技を使ったら、結果は正反対になって居たのは間違い無いわね」
慰めとも戒めとも区別の付かない先生の言葉。
「めげちゃ駄目よ。だって、今は失敗が許される時なんだから。
今の内に精一杯やった失敗の経験を積んでおくと、失敗できない時が来ても動じないで済むものよ。
だって年寄りが物事に動じないのは、長い間に同じ事や似たような事を経験してるからなのだもの。
他所の人達は長い時間を掛けてそれを学ぶけれど、あなた達は今直ぐに学べる。
他所の人達は一度の失敗で命を失う事すら多いけれど、今のあなた達は何度失敗しても生き延びる事が保証されている。
今、学ばない意味は無いわよね?」
デレックの手当てを終えたサンドラ先生は、僕の頭に手を置いて、
「仔犬ちゃんの新宇佐村の話も、伯爵閣下は必ずしも成功を期待していないわ。全て仔犬ちゃんの糧とする為よ。
だってまだ仔犬ちゃんは七歳。そんな子供がする程度の失敗、ウサ殿や伯爵閣下がカバー出来ないなんてありえないでしょう。
だからと言って手を抜くような子じゃないと、私は十分知っているけれど。遠慮しないで力一杯やって来なさい。大人達の配慮を覆し、見返してやる位の強い気持ちで精一杯」
そう、まるで太初の族長が、自分の後継者を祝福するように語り掛けてくれた。
その日から僕達は、リベンジを果たすべく魔法のお勉強も武術の稽古を進めて行った。
勿論、礼儀作法や読み書き計算。窮理以外のお勉強も忘れない。
「いくら失敗が許されると言っても、他人様の命を預かる責任があるですもの。徒疎かにしちゃいけないわ」
新しく先生が、僕とネル様に一つの教科を付け加えた。
地図や平年の温度変化を見ながら、過去三年の気候データから凶作不作・家畜の病気・起こり得る災害を想定して計画し、架空の開拓村を治めるシミュレーション。
運命はサイコロと、数表と変動表。そして持ち金と備蓄に左右される。
一言で言うとこのシミュレーション凶悪過ぎ。計画を誤れば一気に飢え死にや病気で住民が死ぬ。大抵はその前に叛乱起こされるって寸法だ。
考える事は多岐に渡る。
作付け面積と植える作物の配分をどうするか? 沼畑だけでも主食オリザと準主食のポテトがある。
オリザは連作障害が無く収量も多いけれど冷害に弱く凶作になる。
ポテトは収量が多く凶作時にも安定して取れるけれど、直ぐ障害を起すし地中に害虫を呼び込む。
この害虫退治が水没の一手のみだから。沼畑の水を抜いて育てるのが定石になっている。
だけどオリザからポテトは支障ないけれど、逆はオリザの収量が半分位になるから転換の兼ね合いも難しい。
畑はもっと複雑だ。
飼料用の大麦や、凶荒作物のソバやオーツ麦や二十日粟に主食作物の小麦。凶作と見切ったら、ある程度育った作物を引っこ抜いても急いで凶荒作物を播き、食料を確保しなきゃならない。
因みに二十日粟と言うのは、外見が猫じゃらしにしか見えない雑草に近い超早生穀物だ。
こいつはなんと一月足らずで収穫可能だが、収量が低い上に土地を激しく痩せさせる。
おまけにこいつの粥は栄養こそあるのだが、非常に不味く土を食って居るような感じなので土粥と言う仇名が付いている。余りの酷い味に、罰金の代わりの短期勤労奉仕の間こいつを食べさせる刑罰がある位だ。だからこいつを植えるのは本当の非常手段になる。
野菜の類も雨年に良く実る作物・旱年に良く成る作物・有毒作物の配分に頭が痛い。
何故わざわざ有毒作物を? と思うかもしれない。しかしこいつは手間を掛けて毒抜きしたら食べれるから本当の非常時の為と野獣の食害防止に畑の最外辺に植えられる。
他にも土地を肥やす目的で植えられる豆類や、病気に備える薬草の栽培。余り手間が掛からないが、下手をすれば蔓延り過ぎて他の畑を侵食するアザミ根のような野菜もある。
植える物は食べられるものとは限らない。食べられないけど紙の原料となるケナフや、食べられるけど紙漉きの水にとろみを加えるオクラとか。考える事がたくさんあるんだ。
その他にも、人手を取られる治水に開墾。家畜の種類と家畜の餌。野森の恵み。木の伐採と炭焼きと植樹。
炭の副産物の木酢や、住民の生活で出る尿や竈の灰も立派な工業資源。
野獣の襲撃はあるし、魔物が襲って来るし、流行り病や野盗の襲撃まで起こる。
資金は限られているから、初期の村民数は制限される。村民も、開拓や荘園運営の農民の他に防衛の為にノヅチも置かねばならない。ノヅチを増やせば村の守りは固くなるが、彼らは作り取りだから年貢は取れない。おまけに叛乱時には強力な敵となる。
公共事業の為、農民とノヅチには労役を科せるが、農民を働かせ過ぎると収穫が落ち、ノヅチを警備以外で働かせ過ぎると、減収分の補填が必要。
「これでも随分簡単にしたのよ」
サンドラ先生は澄まして言うけど、
「先生やり過ぎです」
僕だって、百二十八ページのルールブックと、三百ベージの資料本五冊を積まれた時には文句を付けた。
おまけに、このシミュレーション。どんなに一生懸命計画しても運の要素がかなり大きい。実際。一年目で魔物の襲撃を受けて壊滅したり、十年懸けて安定させた村が、豊作貧乏・大凶作・天災のトリプルパンチであっと言う間に滅茶苦茶に為った。
その時のネル様の嘆き様は忘れられない。当たり前だ。これが本当だったら百人近い人死にがネル様のせいってことなんだから。口減らしと餓死回避の為モノビトとして売り渡される幼児達が、全部ネル様のせいって事なんだから。
それでも毎日一時間、シミュレーションでお勉強して行くと。備荒貯蓄やリスク分散、軍備のバランスや優先事項の軽重などが、なんとなくだけれど判って来る。
それに連れて、村の運命も僕等の計画に振り回され難く成って来た。
そして、
「仔犬ちゃん。そろそろ新宇佐村へ行く時が近づいて来たわね」
最低限の合格を告げられたその日。僕は十歳になる少し前だった。
だけど、サンドラ先生の許可が下りるには、もう一つの関門を突破しなくちゃいけなかった。
そう、傀儡兵へのリベンジだ。





