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魔法のお勉強-02

●ネル様の魔法

「魔力制御の訓練と窮理のお勉強も進みました。いよいよ実践に参りましょう」

 待ちに待ったこの言葉が出た。サンドラ先生ったら、どちらもある程度進めてからじゃないと危険だって許してくれなかったんだもの。

 大事を取って野外に出る。

「ここなら仮令(たとえ)隕石の雨が降り注ごうと、大丈夫ですよ」

 冗談めかして言うけれど目は笑ってない。あれはひょっとしたらあり得ると考えてる。


「じゃあ、あたしからね」

 ネル様が進み出て、呪文を唱える。


「我は言上げせず。唯真(ただまこと)を以てけいもちいんと欲す。

 用いて大作を為すに()ろしと、今やその道大いにあきらかなれば、

 轟け百雷が如く風の雷。拡声」


 初級呪文の拡声。その効果は、

「テステステス! 本日は晴天なり!」

 普通に話している筈なのに、四キロ先まで響くような大声。この魔法、少しばかり煩いのが玉に瑕。

「ネル様、空曇ってるよ。雨が降って来そうだよ」

 思わず突っ込んでしまったけれど、

「何よ! これが由緒正しき拡声魔法のテストなのよ!」

 こっち向かないで! この魔法、指向性が高いんだから。

 慌てて耳を押える僕。それでも鼓膜がヒリヒリするよ。


 後から思えば、何であんなことを言ったんだろう。魔が差したとしか思えないけれど、ふと浮かんだ前世の情報をネル様に教えた。

「ネル様。その魔法使ってる時、相手をやっつける決意を込めて『うー! やー! たぁー!』とお腹の底から叫べば、相手を殺さない攻撃魔法になるそうだよ」


 頷いたネル様は、誰も居ない方向を向いて叫んだ。

「うー! やー! たぁー!」

 信じる事が魔法の力そのものなんだ。ほんとに僕、そう悟ったね。

 ゴーッと地鳴りがして地揺れが発生したように僕は感じた。立って居られず転倒したのはネル様以外の全員。

 おまけにさ。ネル様が向いていた方を飛んでいた雀の群れまでが地面にポトリと落ちて来た。だけど地割も砕けた岩も裂けた樹も無い。


「うぐ。なんだ今のは? 地面がゆらゆらして立てねぇ。うぐ……ぐげーっ」

 デレックはその場に胃袋の中の物を全て吐き出した。

「うげっ……えぐぇげほっ……ぐぇっほ」

 臭いにつられ僕も吐いてしまう。

 流石にサンドラ先生は吐くまでは行かないけれど青い顔。

「何だか、船酔いみたいな感じになっちゃってるわね」

 解った。これ、音で三半規管を揺らされたんだ。


 酔ってないのはネル様だけ。

「ちょっと便利な初級魔法が、攻撃魔法になるなんて……。流石スジラド、どこで覚えたの?」

 但し、手にした力にちょっとだけ酔っていた。

「ネル、様……。でもこれ。虫とか下等生物には多分、効かないよ」

 取り敢えず注意点だけ言っておく。


 今掛かっている魔法を解き、続けてネル様はもう一つの初級魔法を唱えた。


「今ぞ、あだふせぐにし。決して急く事勿ことなかれ。

 しこうじて、ついに寇は勝つ事莫ことなし。

 護りも堅く進むべし。止まれ風の山。凪」


 少し吹いていた風が止んだ。


「成功ね!」

 ドヤ顔のネル様は、僕に訊く。

「これも何かあるんでしょ?」

 知らないとは言わせない勢い。

「えーと……。なんとなく盾とかのイメージ有るけれど。風の盾は上級魔法にあるよね」

 他は、うーん。ちょっと思いつかないや。


「はいはい。先ずは基本を大事にしてね。

姫様は風の加護を受けているようだから、さっきの奇抜な拡声魔法の使い方みたいに、魔法に依らず魔法以上の事が出来てしまう事があるかも知れないけれど。

型があっての型破りよ。型がきちんと身に付いてない内にやったら、普通は形無しになってしまうわよ」

 調子に乗りかかったネル様を、サンドラ先生が窘める。


「仔犬ちゃんも気を付けてね。あなた、魔法自体は普通だけれど。多分窮理を活かした独自のわざが使えると思うわ」

「はい」


「あそうそう。姫様にご褒美よ」

 サンドラ先生は、地面に置いても使えるよう鼎の足を着けた普通サイズの矢筒と、例えるならランドセル位の長さの今のネル様の背中に隠れる大きさの弓を渡した。丁度持ち手の所と天地の(はず)に緑の魔石が五弁の花びらのようにあしらわれ、三つの花は蒔絵の手法で繋がれて居る。僕にはそれが緻密なプリント基板のように見えた。

「海の魔獣の牙や鯨そっくりの魔物の髭を張り合わせて創った姫様専用の弓よ。

 水に浸しても大丈夫。しかもこの大きさで十人張りの長弓よりも強い弓なの。

 なのに持ち主の魔力で引いて維持する弓だから、か弱い姫様の力でもおもちゃの弓みたいに簡単に引けちゃうわよ。この弓で飛ばす矢には、勝手に魔法の力が籠められるから重宝するわよ」

「凄いや。これネル様の加護と弓矢の技量を最大限に引き出す弓なんだね」

 相変らず、サンドラ先生は半端じゃない。こんなものをポンポン渡せるのは、先生自身が創っているからなんだもの。

「姫様。ないしょの話だからちょっとお耳を」

 先生が耳打ちするとネル様は、

「へー。そうなの!」

 と目を輝かせて頷いた。

「絶対、誰にも教えちゃいけないわよ」

「はーい」

 念を押す先生にネル様は凄く素直だった。


「じゃあ、次は仔犬ちゃんね」

 サンドラ先生に指名された。


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