七歳の儀-13
●試験結果
昔は日本でも乳児幼児死亡率は高く、当歳で短い一生を終える者も少なくはなかった。殆ど全ての赤ちゃんが無事に育つようになったのは、医療制度が整った昭和三十八年以降。東洋初のオリンピックとなる東京大会の前の年だ。
二十一世紀の日本においても、うっかり目を離すとお風呂で命を落としたりするのは昔と変わらない。三歳以前の幼児はマンガのように溺れない。何が起こって居るのかも理解しないまま、暴れる事もせず水底に沈んで行くから気付かないのだ。寝返りが打てるようになったら、もう寝がえりの連続で隣の部屋まで移動出来てしまうと言うのに、安全装置の発達が間に合わないのである。
こう言った事情はこの世界でも変わらない。いや、それ以上の危険に満ち溢れているのがこの世界。余りにも幼児死亡率が高いので、神殿が管理する戸籍は七歳前後で作成する。それが成人の儀・七歳の儀だ。
「へー。これが戸籍の写しか」
封筒を開けると、試験結果と身分証。身分証は以前僕が貰った辞令より少し小振りの羊皮紙だ。
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スジラド
時維参伯伍拾弐年捌月漆日生男
父不祥庶嫡不明
母不祥
カルディナコット伯爵家・郎党武士
登記
入朝居神殿 神官長[花押]
時維参伯伍拾玖年伍月参日
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「あたしのと形式は同じなのね」
とネル様が見せた
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ネル・カルディコット
時維参伯伍拾弐年肆月陸日生女
父[カルディコット伯]フィリップ・トリィス・カルディコット[長女・嫡長女]
母[フィリップ正室]アリサ・バッティン
カルディナコット伯爵家・令嬢
登記
|入朝居神殿 神官長[花押]
|時維参伯伍拾玖年伍月参日
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「俺と形式同じだな」
と言うデレックは見せてくれなかったけれど。代わりに、
「ほらこれ! 武官適性甲種合格だってさ。これで将来堂々と親父の跡目を継げるってもんだ。
それにさ。一緒に衛士免状も。これって都に出て猟官運動が許される資格だよ。
そこで何でも良いから官職に付けば、エッカートの家格も上がるってもんさ」
試験の結果をヒラヒラさせた。こちらは半紙の半分の大きさの厚紙に書かれた賞状のような物だ。
「文官適性は?」
とネル様が聞くと、
「うー」
言葉に詰まって唸るばかり。
「あたしは武官も文官も乙種合格よほら!」
「うわぁ! ネル様凄い」
と褒めてそこで話を終わらせようとしたけれど、
「「スジラドは?」」
ネル様とデレック双方から迫られる。
「も~らい!」
ネル様スリの才能あるんじゃないの? あっと言う間に奪われて、
「どれどれ……」
たちまち変わるネル様の顔。
「スジラドの癖に生意気よ。なにこの、武官乙種・文官甲種って! おまけにこれ、下級文官免状って何よ!」
「今直ぐ村のお役人や中央の下吏が務まるって資格だけど……」
しどろもどろに答えると。
「スジラドなんて嫌いよ!」
「ネル様お待ちを!」
護衛でもあるデレックは、慌てて後を追い掛けて行った。奈々島の誘拐以来、過保護気味になるのは仕方ないか。
「あーあ。ネル様へそを曲げて行っちゃった」
と言っても後で恥ずかしくなって謝って来るのがネル様の良い所だけれど。
「ふぅ~」
息を吐くと、入れ替わりにサンドラ先生が遣って来た。
「デレック君は姫様に首ったけね」
先生、単に過保護なだけですよ。だけど
「良いわね。青春してるわね」
と温かい目で見て見ている先生にそれは言えなかった。
「あ、そうそう。仔犬ちゃんにお手紙来てるわよ」
サンドラ先生は封蝋が捺されている二通の手紙を僕に手渡した。
「片方は伯爵閣下から、もう片方はヤガミ男爵家嫡長男の紋章だけど。仔犬ちゃんに心当たりは?」
「ヤガミ、ヤガミ……。あ! ハリーさんだ!」
「間違いでは無いようね。だったら小刀で封蝋を壊さないように切りなさい。それがお手紙を開ける時の礼儀なの」
サンドラ先生は、簡単に貴族絡みの礼儀の話をした。
紋章は個人の名誉そのもので、丁寧に扱わねばいけない事。戦争で敵味方に分かれて戦っている時以外は、自分の敵であっても紋章の付いた品を恭しく扱い、汚したり傷付けたりしてはいけない事。
「戦争の時はいいの?」
「例えば盾に紋章描いてるのよ。駄目だったら戦えないでしょ」
「……ですよね~」
僕はダークを取り出して封のリボンを断ち切った。





