七歳の儀-11
●嫌われても良い
「くすん。若様ぁ~」
「もう泣くなよ。神殿に居られる時間はお前ほど無いが、出来るだけ一緒に居てやるからさ」
お隣の若様、ハリーさんだ。
宥め賺し、ぎゅっと抱き締めて遣り、顔と頭を撫でて遣る。
だけど女の子は嫌々をする二歳児のように、全然言う事を聞きやしない。
「シア! 親父の好意を台無しにする気かい?」
「旦那様の好意?」
「そう。お前をモノビトじゃ無くしたいって親父の好意だ。今のままじゃ、下手したら馬や犬以下の一生かも知れないんだぞ」
そうか。やっぱりこの子がシアちゃんか。
「でも、シアは若様と一緒がいい。馬以下でも犬以下でも一緒がいい」
ぴしゃ。大きくないけれどほっぺが鳴った。
「僕はお前と結婚するつもりは無いよ」
するとシアちゃんは涙声で、
「側女じゃなくてもいい。若様と一緒がいい」
とハリーさんの胸に顔を埋めて泣き始めた。
『結婚って正室・側室と言う正式なお嫁さんにすることだけど。側女ってお嫁さんじゃなくてお妾さんの事だよね』
なんか若様とシアちゃんの言ってることが食い違ってる気がする。
若様、ハリーさんは少し落ち着くまで待って、引導を渡す。
「僕はシアを大事に思ってる。だけど結婚して遣ることは出来ないし、側女にする気も僕の女にする気も全然ないんだ」
僕はそーっと寝室に戻った。
暫くして戻って来たハリーさんに、
「ねぇひょっとして、シアって子は妹?」
チャック様が口にしていた意見を言うと、三つ数える間を置いて、
「鋭いね。母親が違うけれど妹だよ。尤も向こうは知らないんだろうな」
と寂しそうに笑う。
「献納って形を取る以上、シアとは神殿でお別れだ。
だけど仕方がないんだ。そうしないとシアはモノビトとして戸籍に記録されて、一生モノビトのまんまだからね。僕に捨てられたと恨むんならそれでも構わないさ。
男の子なら君の様に自分の手で運を切り開けるけれど。女の子はそうはいかないんだ。チャンスを逃す訳には行かないよ」
ハリーさんの話によると、成人の儀は神殿側が費用を負担して戸籍を得るための方策の一つ。
そして神殿に着けば最低限の教育を叩き込まれるのだと。
「だけど献納された子達なら、神殿に仕える者としてもっと高度な学問を身につける事が出来る。貴族の家令や代官が務まるほどの高等教育をだよ。
そうすれば、神殿に残って名誉ある仕事を続ける事も出来るし。お家が改めて養女に貰い受けて、嫡子の資格で良い所に嫁に出すことも可能なんだ。
乳母やの話ではね。クオンの歴史の中にはモノビトから神殿の血消しの後、貴族の養女から上級貴族の養女を経て、皇族の妃や皇帝陛下のお后様になった女性もいるんだよ」
「お后様?」
「ああ。流石に皇族の生まれで無くてはいけない皇后陛下にだけは成れないけれどね」
「当ったり前でしょ? 皇后陛下は皇帝陛下に万が一があった時、中継ぎの皇帝陛下に即位されるべき御方なんだもん」
臣下の生まれでは決して成れない理由がそこにある。アメリカの副大統領の立ち位置なんだから。
「ところで。寝る前の話の続きなんだけど……」
ハリーは僕に話を振って来た。
「君を僕のクリエンスにしたい」
「えー、とー」
引き抜き?
確かクリエンスって、有力者が保護する人の事だから……。子分に成れってことだよね。
「難しく考えなくていい。戦の時、僕の味方に着かなくちゃいけないって訳じゃないよ。ただ、僕は君を支援したいんだ」
暗くて顔は良く見えないけれど、黙ってじーっとハリーさんの方を向く。互いの息を感じるから、間違いなく真正面で見つめ合っている筈だ。
思い沈黙が暫く続き、居た堪れなくなったハリーさんが少し折れた。
「正直に言う。将来君を敵に回したくない。君の主家と僕の家、あるいは我が家の主家が弓を引き合うことにでもない限り、せめて好意的中立を守ってくれればそれで良い。
それにね。仮令敵同士になったとしても、話の通じる相手がいなくちゃ、他愛のない偶発事故なので僅かな金や軽い謝罪一つで収まる程度の事でも、行き成りお家存亡の一大事に為りかねないんだよ。
君は将来、家中に堅固な立場を作り、少なくない兵馬を司る者となるだろう。だから今の内に仲良くしておきたいんだ」
本当にぶっちゃけられた。
「買い被りだよ。僕、まだ七歳なんだよ」
「その七歳で、自分の功名で禄を貰う奴が何人いる? 少なくとも僕は無理だね」
ハリーさんは言い切ると、僕の手を握って堅い物を握らせた。
「友誼の印だ、受け取って欲しい。十二歳の儀には、身分を超えて仲間を創るって言う目的もあるんだよ」
「これって貝符?」
「なんだ、知ってるのかい」
「うん」
二枚貝の殻は、決して対になった貝殻以外と合わさらない。このため広く割符として使われているんだ。





