七歳の儀-10
●育み
陽は沈む。闇に世界が埋め尽くされるのはもう直ぐだ。
宿の寝室は男女別々で護衛と子供達も別々だ。体育館のような広い場所にベッドを並べ、補助寝台としてハンモックが吊るされている。
本来、開いている限りベッドを使う事になって居いて、チャック様のような十二歳の儀で来ている子供は大人しく空いてるベッドを見つけて使ってる。
だけど、僕と同じ七歳の儀で来ている男の子の殆どが迷わずハンモックの方を選んだ。見ていると勇敢でやんちゃな子ほど、競ってより高い位置のハンモックに陣取ろうとしてる。まだまだベッドに空きが多いのに、もう直ぐハンモックは埋まりそう。
「あはっ」
微笑ましくて笑ってしまった。
初めて見るあの子達には、ハンモックが公園の遊具みたいに見えているのかな?
「ねぇぼく。ぼくは場所取り行かないの?」
不思議そうにお世話係のお姉さんが、聞いて来た。
「空いてるから、僕はベッドにします」
「そう。ぼくは大人なのね」
ほっぺをつんと指で突っつかれる。
「あれ?」
「ん? どうしたの?」
窓に近い場所を選んだら、隣のベッドに見おぼえが居た。
「昼間門の所に居た若様だね。女の子達は? 怪我しないで来れた?」
すると怪訝な顔が綻んで、
「無事連れて来られたよ。心配してくれてありがとう」
とお礼を言われた。
「なんか訳ありの子も居たみたいだけど、まるで恋人と別れるのが嫌だって感じだったね」
「あの年頃の女の子には良くある事さ。乳母やの話だと、身近で面倒見の良い男に恋に似た感情を抱くらしいよ」
「若様はどうなの? 好きなの? 結婚しないの?」
子供らしく突っ込んでみる。
「うーん。ちょっと違うね。護ってやりたい存在かな?」
「結婚しないの?」
この突っ込みはちょっと虐めかな? すると若様は苦笑いしながら、
「あのね、結婚って君。身分違い以前に、シアとじゃ色々問題があるから」
僕の話に着き合ってくれた。名前はつい口にしてしまったんだろうな。
「ねぇ君。折角だからそんな事より別の話をしよう」
女の子達の話をそこで打ち切った若様は、僕のことを聞いて来た。
僕は差し支えない話で奈々島での人攫いの話をする。
「凄いじゃないか。君の歳で従騎士なんて尊敬するよ。
サンピンとは言え立派な武士じゃないか。それも自分の功名でもぎ取った出世だ」
かなり好意的な若様の名はハリー・ヤガミ。中央の刀筆の貴族である男爵家の跡取り息子だ。
「僕は魔法や学問ならそこそこ出来ると自負しているけど、武術の嗜みは家中から
『後生ですから、間違っても魔法以外で戦おうと思わないで下さい』
と言われるくらい酷いものだよ。剣だって威儀を正す為に帯びてるだけなんだ。
だから君のような子にはあこがれちゃうな」
中央の刀筆の貴族って、笑顔の懐に匕首を忍ばせるなんて言う位の人達だと聞いているけれど、この人全然そんなふうに見えないや。まだ子供だからかな?
「そう言ってくれると嬉しいです」
拙い敬語を装ってみると、
「謙遜しなくていいよ。君とは僕の方から仲良しになりたいくらいだから」
実に好意的な言葉が返って来る。まさか、役に立つ奴になりそうだから、今の内に誼を通じておこうってことなのかな? 勿論そんなことは口にしないけれど。
根掘り葉掘り手柄話を聞かれるうちに、辺りは段々暗くなって、大体話が尽きた頃に僕は眠りに落ちていた。
「ん?」
目覚めると。朝開き星の輝く頃。まだ横になって居られる時間だけれど、トイレに行こうと起き上がる。
要所に置かれた常夜灯の灯りだけが、通路を薄く照らしている。微かに白いシーツとハンモックだけが浮かんで見える。
そんな寝室の外に出ると、開け放たれた窓から見えるのは本当に綺麗な月夜だった。
月の光が廊下を照らし、南の空には朝開き星が輝いて見える。
「あれは何だろう?」
肩に小人を載せた兵士が裏道の方を進んでいる。
いや、横を通った樹々の大きさから考えると、兵士は膝までの高さが二メートルちょっとある巨人だ。
それが僕達の登って来た石段の方に、人目を憚るかのように移動して行った。
夜明け前の寒さを覚えて、ぶるっと胴震いする。
トイレを済ませて戻る途中。女の子の寝室へと続く廊下の端で、しくしくと泣く声と宥める男の子の声が聞えて来た。





