七歳の儀-09
●鬼が居た
最弱の魔物。間違いではない。何か武器を持った大人なら、同数なら追い払う事は可能だろう。いやそれどころか、はぐれの一匹だけなら衆を頼めば子供でも何とかなる相手だ。
しかし奴らには物騒な通り名がある。草莽の首狩りそれがゴブリンの別名だ。
不意を突いて、音も無く藪の繁みから襲って来る時。モリビトと言えども武勇を使う前に斃されてしまう事も珍しくは無い。
逆を言えば、こんな開けた土地では脅威が低下する。まして奇襲をこちらから仕掛けられる条件が整って居れば。
「いいですか? 打ち合わせ通りお願いします」
矢継ぎ早に指示を出すチャック。
「アルスさんとデュナミスさんは合図があるまで前衛で待機」
「はっ!」「心得た!」
「デレックとスジラドはその後ろでいつでも動けるように準備をしておきなさい」
「了解!」「はい!」
「ネルは弓矢で曲射して中心で破壊活動中のゴブリンを狙撃です。征矢で十矢。どこから放されているのか悟られぬ様削るのです。出来ますね?」
「任しといてお兄様」
チャックはそう指示を飛ばすと身を低くして側面に移動する。
「ゴブリンを繁みから襲うとは剛毅な」
デュナミスが笑う。
思いっきり仰角を付けて放つ矢は、ほぼ真上からゴブリンを襲った。
「少し外しちゃった」
とネルは口にするけれど、一の矢は耳を削って首の根元の血脈を断った。続く二の矢三の矢も急所に当てて致命傷。ネルが外したと言う矢は、単に急所を外したと言うだけで、尽くゴブリンの身体に突き刺さっていた。
突然仲間を斃されて
「ナガン! ダーガコ ゴレゲワガ!」
「ドゴコ ゴカガ ラガオゴソゴッテ ゲキギーヤ ガガガルーグ」
悲鳴を上げるゴブリン達は、どこから攻撃されたかも判らず右往左往。
「ウグゲ!」
そこへ側面から飛来した石礫が一匹の左目を潰し、別の者は鼻から血を噴いた。
激しく篠突く礫の嵐。当たって怯む卑怯者も怒りに牙剥く剛の者も、ゴブリン達は一斉にそちらの方に意識を取られた。
ピィー! ピィー! ピィー! チャック様の号笛三声。
即座に飛び出したアルスとデュナミスにデレックが追従していた。
「待ってよデレック! あーあ、ネル様放ってそれは無いでしょ?」
確かに崖を上って来たから後ろを気にする必要は無いけれど。こうなったデレックは、雉の頓使い。そもそも彼の気性は将棋に例えれば銀将だ。
腕が飛び散る。
「ギャガッガー!」
脚が砕ける。
「ギャガッガー!」
小袈裟に斬り飛ばし片車に打ち据えるアルスさん。
ゴブリン達の絶叫が響くその中を、血の臭いを巻き上げてクレイモアを振り回し当たるを幸い薙ぎ斃す様子は、剣筋が白い虹を創って霞むほどに凄まじい。
だけど、そんな物凄い立ち回りでも、全然隙が無い訳じゃない。当然その間隙を突こうとするゴブリンも現れた。
だけど、実はそれさえもアルスさんの実力なんだ。隙を突くための動きが僕にも読める。だから当然、デレックに読めない筈がない。攻め懸かるゴブリンは誘蛾灯に吸い寄せられるかのようにデレックの攻撃をまともに受けた。
恐ろしい連携だ。チャック様の投石に一瞬動きを止めたゴブリンが、デュナミスさんの蹴撃を喰らいゴブリン砲弾と化して他のゴブリンを巻き込んで丁度良い位置に運ばれる。
それを纏めて二つ胴に叩き斬るアルスさん。
現代日本だったら、絶対子供の情操教育に相応しくない光景だよね、これ。
「……スジラド。もう出番無いねあたし達」
「うん」
それから後は、ネル様が退屈するほど一方的な戦いになった。僕の仕事と言えば、後は不測の事態に備えてネル様の傍についているだけで終わってしまった。
あれだけゴブリン達に叩かれても何とも無い頑丈なガチャ。そこから想定通りビスケットを手に入れた僕達は、手早くエネルギーを補充した。
そして崖を降って元の道を進み、日が大分傾いて来た頃。道は狭まり目の前に石の階段が見えて来た。
「やった! 上に宿場町の建物が見える」
デレックは駆け出す。目的地が見えて力が湧いて来たからだ。
だが、程無く喜びは溜め息に変わる。
「デレック。あんまりため息吐くと幸せ逃げちゃうよ」
「あんまりだ。こりゃあかんまりだ」
確かに宿場町直通の石段はあった。但し、段差が巨人サイズで。
一つ段差が僕達の背の高さ位ある。手を掛けてよじ登ってをざっと百回以上繰り返さなければならないのだ。
「最後の最後でこれ?」
僕もめげそう。
チャック様もアルスさんも、乾いた笑いしか出て来ない。
「任しとけ!」
威勢の良い声が聞えた。請け負ったのはデュナミスさん。
「そこの羽のように軽そうなお嬢ちゃん。そしてちんこい坊主。わしの肩に乗りな」
「ひゃあ!」
ネル様と僕は、デュナミスさんの肩にひょいと載せられた。
そしてチャック様、デレックの順に腰を掴んでぽいと投げ上げる。
「うぉっと。一気にかい」
五段上の石段に着地した二人を追い掛けて、僕達を担いだままトランポリンの様に宙を舞うデュナミスさん。
「旦那は自分で登れるだろう。わしは上まで子供達を届けるが、後で手伝いに降りて来るか?」
するとアルスさんは、
「私だけなら心配無用。若様姫様達をよろしく頼む」
と手を振った。
まるで遊園地のアトラクションの様に、巨人の石段を跳んで行く。
「楽しいね。スジラド」
「うん!」
ネル様は高い高いをされた歩き始めの赤ちゃんの様に、顔と瞳を輝かせている。僕も完全に今の身体に引き摺られて、気が付くとわくわくドキドキを楽しんでいた。
宿に着くと、お湯を入れたタライが出て来た。これで足を洗って疲れを取れと言う事らしい。
「それにしても、あの石段。なんであんなに段差が大きかったのかしら?」
ネル様が呟くと、
「あんたら。まさかあの石段を登って来たのかい?」
訪れた子供達のお世話係をしているおばさんが目を丸くした。
「そうだけど。一段が子供の背近くあるのって、大人でもきつく無い?」
僕の質問におばさんは答える。
「あれは稚巫女様の近道さ。普通人は通らないね」
「ちいみこ様?」
「そう。ここの神殿で一番偉い人のお嬢さんだよ。良く巫女様の眷属の肩に乗っかってうろついてるよ」
「へー。そうなの?」
「お優しいけど、世間知らずが玉に瑕だね」
そんな人が居るんだ。
お湯で足を洗いすっきりさせると、お世話係のおばさんが、
「向かって右の棟が男の子用。左の棟が女の子用の宿舎だよ。七つでも寝るのは男女別々なのさ。これがここの決まりだよ」
と教えてくれた。そして急かす様に、
「歩き通しでお腹が空いたろう。早く食堂にお行き。ビュッフェと言ってね。食べたい物を食べたいだけ取って食べる仕組みさ。好きなだけお代わりしても良いけれど、お残しは許さないよ」
最後は語気を強めて、僕達を食堂に追い立てた。
「で。デュナミスさん! まだ食べるの!」
突っ込まざるを得ない。
この日。僕達の前で、ビュッフェ形式の宿の夕食を時間目一杯食べ続けたフードバトルの鬼が居た。





