七歳の儀-08
●暑い男
ネル様は僕を見る、デレックを見る、そして行き倒れの男の人を見る。
「あ。俺は良いからな! 武士は喰わねど高楊枝だぜ」
見栄を張るデレック。
「あはは」
笑って誤魔化す僕。
そして欲しそうな視線を投げ返す行き倒れの男。
「うー。判ったわよ。皆で分けて食べましょう。スジラドもそれでいい?」
自分も食べる事を諦められないネル様が、妥協案を提示した。
経木を解き、笹を開き、半分を切り取って行き倒れの人に渡した。
残りの半分を更に半分に割って、僕の手に。砂糖醤油の甘くて香ばしい匂い。
アルスさんもチャック様も腹を満たすには良い頃だと、包を開く。
皆が一斉にポテトケーキを食べ始めたので、辺りは美味しい香りに包まれた。
その様をやせ我慢で眺めるデレックの顔は、まるで江戸っ子爺さんの浸かる火傷しそうな熱いお風呂にうっかり入ってしまった、自称日本通の外国人のようだ。
堪らずキュルルルルー。鳴ったのはデレックのお腹。
「食べる?」
そっと自分の分を二つに割って片方を差し出すと、デレックはきまり悪そうに、
「……すまねー」
と呟いた。
僕達は車座に座って休憩。ポテトケーキを味わい、水を飲み、疲れた体を癒す。
甘い物は力に成る。甘じょっぱいみたらしの味が疲れて来た僕の身体に芯を通す。
腹を満たし塩と糖分を取って元気になった行き倒れの男は、
「わしは渡りの権伴。格闘無敵・ステゴロのデュナミス。恩を返すまで同道いたす」
名を名乗ってなぜか付いて来ることに成ってしまった。
皆の宿泊分を預かるチャック様が額に手を当て揉み解しながら、
「お前らぁ……なんでそうなる」
と腹の底から呻くように溢した。
深呼吸を何度かして気を取り直したチャック様は、
「これで手持ちの食料が空っぽになってしまいました。判断ミスのネルの責任は兎も角として、ネルもスジラドも宿に着くまで保つは到底思えません。そこでデュナミスさん」
地面に枝で絵を描いて、
「近くにこんな物見かけませんでしたか?」
ガチャの機械を見なかったか聞いた。
「ああ。これならあっちの方にあったぞ」
デュナミスさんの答えに被せる様にチャック様は、
「今すぐ案内して下さい。スジラド、早く君のエスを食料に変えましょう。それで宿場町まで持ちこたえる事が出来る筈です」
と皆を急かした。
「スジラド。あと何枚残ってる?」
ネル様の質問に僕は、
「八枚。さっき十二枚使ったから残り八枚だよ」
事実を事実として答える。先程の割合で出ると仮定するなら、少なくとも六枚のビスケットになる筈だ。
あれが二枚もあれば立派にハンバーガーの代わりになる。
尤も、僕同様買い物をしなかったから、チャック様のエスは全部残っている筈だけど……。
チャック様の目を見ると、顔の横で手を振って駄目だよと返って来た。
●ガチャを見つけたけれど
「ほら、あそこだ。あの先にまともな道がある」
デュナミスさんの指差す方を伺えば、
「あの崖から飛び降りたんかよ。頑丈だなおい」
カリカリしながら呆れるデレック。
「はっはっは。貴様らとは鍛え方が違うわい」
「ほんと何てとこ通って来たのよ。もう無茶苦茶じゃない」
ネル様ばシマリスの様にほっぺを膨らませてぶーたれる。
今まで歩いて来た道とは月とスッポン。藪の中のアザミや荊を掻き分けて崖にへばり付いてよじ登る。先を行くデュナミスさんが、草を踏み敷いてくれたりロープを垂らしてくれるから良いものの、正真正銘道なき道を案内された。
「ここから道が合わさる場所に絵と同じ物があった。間違いない」
僕もネル様もデレックもヘトヘト。それでも難所の崖を登り切ると、不思議と力が湧いて来た。崖の上は迷い道の行き止まりのようで見晴らしが良く、先は緩い角度で下り坂になって居る。
「十分ほど小休止しよう。休むのは坂の上の方が都合良いからね」
チャック様の提案で身体を休めながら、デュナミスさんの話を聞く。
「へー。あんたみたいな人も権伴なの?」
興味津々のネル様に、
「然り。痩せても涸れてもわしは、畏れ多くも、気を付けぇ!」
迫力ある号令に、思わず威儀を正す僕等。
「皇帝陛下の、直れ! 直臣の一人である。故に、気を付けぇ! 皇帝陛下に、直れ! 弓引く行いは御免被るが、それ以外においては一宿一飯の義に従い、嬢ちゃんの意に従おう」
暑苦しい人だけれど、悪い人じゃなさそうだ。でもあれ?
「えーと。前にもどっかで会わなかった?」
僕の言葉に、じーっと僕を見つめるデュナミスさん。アルスさんの視線が少しきつくなって、デュナミスさんを睨みつける。
デュナミスさんは首を捻り、何かを思い出そうと頑張るが、
「うーん。悪いがとんと覚えがないな」
出ては来なかった。
僕も会った気がするだけなのでネル様が、
「スジラド。ひょっとして奈々島じゃない? あたしこの人知らないもん。スジラドが会ってるとしたら奈々島くらいよね。マッカーサーが満席の時に居たとか? あそこ濃い人多かったでしょ?」
と推理を口にすると、
「うーん。そうかもね。あの時、とっても暑い人達で埋まっていたから」
その言葉に、張りつめた空気が緩んだ。
「そうそう。この先に……」
とガチャの場所を示すデュナミスの声は途絶えた。
「ねぇデレック。スジラドがガチャって呼んでる機械、棍棒で殴りつけてる連中が居るんだけど」
ネル様は瞳を開いてガチャを見降ろす。
「ああ。俺にもそう見える」
ごしごしと擦って見直すデレック。
「おいおい」
小石を拾い集めるチャック様。
「魔物はいない筈じゃないの?」
片手半身に剣を突き出し、身構える僕。
「現にいるじゃない。このままだと、ゴブリンに全部食べられちゃうかも」
弓矢を取り出すネル様。
「んなことさせるもんか」
剣を抜くデレック。
「幸い、こちらには気が付いてない様子。不意を突いて討てば何とでもなるでしょう」
背中のクレイモアを鞘ごと抜いたアルスさんが、鞘を払って握り込む。
「前衛は任して置け。わしの腕には骨があるぞ」
子供達だけでも安全なはずの神殿への道。そこに突如現れた魔物。最弱の魔物と呼ばれるも、狡賢さを内に秘めた侮れぬゴブリンだ。
僕達は、ガチャを護る為に戦闘を決意した。





