七歳の儀-07
●どうするネル
「どっちが正しい道なんて、僕は全然知らないよ。だってこの道使うの、僕は初めてなんだもの」
そう言い切ったチャック様は、ゆっくりと僕らを一人ずつ見渡した。
「勿論右の道に決まってるじゃない。あたしは弓の貴族の娘よ。自分の運は自分で切り拓いて見せるわ」
揺るぎのないネル様。
「俺も右だな。俺はネル様の乳兄妹だ。スジラドも右でいいよな」
ネル様の選んだ方を選ぶと言い切るデレック。
「そうだね。僕もそれでいいよ」
と答えると、
「じゃあ決まりだね。一度決めたら二の足踏んじゃ駄目だよ。アルスさん、後ろを固めてね」
さっさと右の道を先行するチャック様。
上ったり下りたり、起伏の激しい細道を一時間ほど歩いただろうか?
「おい。また誰かいるよ」
そろそろ不自然さに気付いて来たのかデレックが、訝しそうに指を差す。
今度は道のど真ん中に出来た直径五メートルのクレーターの中に、男の人がうつ伏せになって倒れていた。
因みに近くにガチャの機械は無い。
先頭を行くチャック様は、一旦道を外れて大回りに除けて通り過ぎたけれど、
「待ってお兄様」
ネル様が呼び止めた。
苦笑しながらチャック様は戻って来て。
「ネルは真面目だね。助けを求められた訳でもないのに。何れ抱え込み過ぎて、二進も三進も行かなくなるよ」
と釘を刺す。
「だけどお兄様。多分これも試練なのよね」
そう言ってネル様が近づこうとするのを、
「待って!」
と僕は止めた。
「なんでだ? 倒れてる人を無視するのは、武士として見過ごせないぜ」
と言うデレックを手で制し、
「サンドラ先生から教わったでしょ? こんな時、先ず周りの状況確認しなくちゃ。勢いで助けに行ったら共倒れになっちゃうかも知れないんだよ。例えば古井戸や洞窟の酸欠とか、雷ウナギの棲む沼とか」
「ああ! そうだったわね」
言われて気付くネル様。
「お願い手伝って。あたしだと知恵も力も足りないもん」
「ネルが頼むなら仕方ないな」
とチャック様はネル様の頭をくしゃくしゃと撫でた。
地面が彼を中心にえぐれている。但し酸欠を起こすほど深くは無いし、感電の原因となるような物も無い。
武器らしい武器を持っておらず、背中にたすき掛けした背嚢を背負っている。
「では、私が背嚢に投げ縄を引っ掛けて引きずり出しましょう」
アルスさんがロープを取り出して投げ縄を作る。
「判った。引きずり出してくれれば、僕が様子を見るよ」
銀の匙を取り出し、革手袋の上に革手袋をして毒対策をするチャック様。
窪みから引き吊り出された男の人に息はある。呼吸も力強く安定して顔色も特におかしな所は見当たらない。
「え? 何?」
顔を近づけたチャック様の顔色が変わる。唇の動きを読んだチャック様は、むっとした次の瞬間、
パーン! 掌で思いっきり男の頭を叩いた。
「ネル! 水と食べ物分けておあげ。こいつ単なる空腹だ」
後は知らないと彼から離れるチャック様。
一口、ぱっくりこ。二口、ぱっくりこ。
ぱっくりぱっくりぱっくりぱっくり、ぱっくりこー。
「うっ……」
「はい、お水」
のどに詰まらせたハンバーガーとビスケット。背中を叩き水を飲ませるネル様。
「はーっ。死ぬかと思った」
その時、漸く声を発した男の人のお腹の虫が、キュールルルルーと盛大に鳴り響いた。
「こいつ。俺達のハンバーガーとビスケット、全部食べちゃった癖にやっと普通のすきっ腹かよ」
目をぱちくりさせるデレック。俺達と言うのは、七歳の儀を受けているネル様とデレックと僕の事だけどね。
護衛のアルスさんや十二歳の儀のチャック様のはあげてない。
「うー」
悩んでいるネル様。
「後はライスケーキだけだよね」
引導を渡すかのように僕が言う。
「うん」
ネル様は頷きながらアルスさんを見る。
「主従の関係は御恩と奉公。ピーチボーイのお話でも、只働きは致しませんよ」
「そうだよねー」
悩みながらも頷くネル様。アルスさんは駄目押しに、
「笹に付いたソースも、一滴残らず私の物です」
容赦なく言い切った。
ネル様の視線がアルスさんからチャック様に移動する。
「僕も答えは同じだね。泣いても駄目。僕は止めたんだよ」
にべもないチャック様がネル様に告げる。自由に出来るのは余分に買った一個だけだと。
「うー」
「ネル。一つ言っておくよ。もし君達が何も食べてないことが原因でへばるなら、僕はおぶって行かないしアルスさんにもおんぶさせない。ネルだけじゃなくデレックでもスジラドでも同じだ。だから君も何か口にしなければいけないし、デレックやスジラドにも食べさせなきゃいけない。解るね?」
そうすると、この人にあげるものはもう何もないことに成る。
「どうするネル。決めるのは君だよ」
チャック様は静かに言った。





