七歳の儀-06
●これが試練?
「ねぇ。チャック様」
「ん?」
「ここ、盗賊とか野獣とか魔物とか出るんですか?」
門の外の赤い道を歩いて行く道すがら、僕はチャック様に話し掛ける。
「盗賊は無いよ。神殿側から神殿騎士、街側からは渡りの傭兵とかが雇われて、魔物や人を襲う危険な獣や不審者の排除を行っているからね。先ずあり得ないよ」
「だよねー。じゃないと子供だけで行かせないもん。さっきなんか、門番さんが貴族の若様と可愛い女の子達だけの一行を通してたくらいだから」
話を聞いていたデレックが、
「いいなぁーそいつ。おれもあやかりてぇ」
と軽口を叩く。
にこにこしながらネル様が、人差し指で自分のほっぺを突っつくが、
「ん? どうした? おしっこなら行ってきな。ちゃんとここで待ってるぜ」
と、迂闊なデレック。
「あーあ」
ほら、段々と不機嫌になって行くネル様。
「スジラドこっち」
チャック様は僕の腕を掴んで引っ張った。
僕らが五メートルほど距離を開けるや否や、
「デレック! 可愛いい女の子ならここにもいるでしょ!」
「可愛い女の子が、自分で可愛いなんて言うかよ。それに男を蹴っ飛ばすか?」
二人はとても騒がしい。
こうして赤い砕きレンガの一本道を、三十分程歩いただろうか?
道は五つの分かれ道。傍らに小さな屋根だけの祠が有って、エスのコインと同じ顔の石像が祭られている。
祠には鎖で繋がれたハサミか爪切りのような物が置かれ、足元一面に紙吹雪が積もっている。
「これが最初のチェックポイントですか……」
チャック様は門の前で手渡された地図を取り出して、端を置かれている器具で挟んで握り込む。
するとパチンと言う音と共に一片の紙の雪が舞い落ちた。
えーとこれって。昔の駅の改札のパンチだよね。なんて言うか、タウンラリー?
声に出して突っ込む訳にも行かずに見ていると。チャック様は地図を僕達に見せて、
「僕達は左から二番目の道を通るよう指定されてますね」
今どこにいるのかを指差した。
「五つの道全てが正しい道で、宿場町に合流すると書かれています。だけど僕はこの道、知りませんよ」
ため息を吐くチャック様。
「お兄様も初めての道?」
ネル様が地図を覗き込む。最初の地図は分かれ道までの物だった。
「心して下さい。この先に智慧と力で乗り越えるべき関門があります」
僕達は頷いて分かれ道の左から二番目を歩き出した。
歩くこと一時間。道端に置かれた平たい大石に腰掛けて、肩で息をしている旅人風のおじさんに出会う。
ネル様が近寄って、
「どうしたの?」
と尋ねると、
「咽喉が渇いて……」
とかすれた声が返った。
突っ込みたいことは沢山あるけれど僕は何とか顔にも出さずに我慢した。
つい先ほどの話なのに、デレックもネル様も忘れている。ここは安全な神殿の聖域の中。七歳と十二歳の儀式で子供だけで歩む道だ。だから普通の旅人が居る筈がない。多分神殿の関係者なんじゃないのかな? つまり、僕達の為人を値踏みする試験なのかも。
そうすると、余計な事を言ってネル様の判断を歪めたら拙いよね。
「あたし達、お水なら余裕があるわ。どうぞ」
水筒の水を進めるネル様。
受け取ると、ごくごくと砂地の多いスイカ畑のように水を飲む。あっと言う間にネル様の小さな水筒は空になった。
「ありがとうお嬢さん。おかげで助かりました」
「どう致しまして。おじさん大丈夫?」
「少し休めば大丈夫です。ありがとう」
お礼の言葉だけ貰い僕達は先を急ぐ。
「えへっ。良い事をすると気持ちいいわね」
笑顔のネル様に、
「そうだよな。どうしようか迷ってる間に、ネル様に良いとこ取られちまったよ」
「えへっ。えへへへへへへっ」
ネル様は、デレックの素直な感想に笑い声を響かせる。
「そうだね」
僕も笑顔を作って相槌を打った。
さらに進むと。さっきと同じように岩に腰掛けている人が居た。今度はお婆さんだ。あり得ない物を見て、今度は僕が声を出した。
「何でこんな所に!」
おばあさんの傍らには、どう見てもガチャとしか思えない物が鎮座していたんだ。
「あ、そこの小さい坊や。助けておくれでないかえ」
「どうしました?」
僕が指名された。
「水当たりで難儀しながらなんとかここまで降りて来ましたが、ここで草鞋が駄目になりましての」
ガチャの中身は、草鞋と航海用のビスケットと丸薬で、一回一エス。
『買い過ぎちゃった子には辛いよね。多分試練ってこれなんだろうなぁ』
解説を読んでる僕の横から、
「これで買えばいいのね」
説明の図解通りに、数回ネル様がガチャを回した。
「ほんとに他の入ってるの? あたしビスケットばかりだわ」
あって困る物じゃないけど。求める草履も薬も出やしない。
「デレック! スジラド! エスは何枚残ってるの?」
ネル様が問うと、
「悪りぃ、ちょっと足りなかったからエムの代わりに全部使っちまってんだ」
済まなそうにデレックが縮こまる。
「エスなら二十枚全部残ってるよ」
言うが早いか、
「貸して!」
ひったくる様にエスを持って行ったネル様が続けてガチャを回し始めた。
一回目はビスケット。二回目もビスケット。八回連続ビスケット。これだけ回して草履も薬も出やしない。
九回目にやっと草履で十回目十一回目がビスケット。十二回目にしてやっと丸薬が出た。
「偉い人が言いました。ガチャはお店の貯金箱」
知らず口走っていた自分に気付くと。あれ? なんだろう。なんだか熱い涙が。
「お婆さん、はい!」
出て来た物を全て渡すと、お婆さんは草履と丸薬だけ受け取って、
「ありがとうね。でも、お腹壊してるからこれは要らないよ」
と、十枚全部のビスケットを僕に返してくれた。
「スジラドあんた、良くそんなにお金残ってたわね」
「俺なんか、全然残ってねーし」
感心するネル様とデレック。
それから子供の脚で三十分。突然赤い道は途絶え、切り立った岩肌尽きた当たった。岩肌に文字と刻まれている。
――――
とつおいつ 左の途は 物多に
万の人の 通る道なり
たらちねの 母が手放れ 幼子よ
矩を踏み越え 右の路征け
――――
右も左も人が踏み固めた道があり、道の真ん中に点々とオオバコなど背の低い草が生えている。
意味をどう解釈したら良いんだろう?
「どっちだよ。読めるが俺、意味が解らん」
癇癪気味に吠えるのは、頭を使うのが苦手なデレック。
「お兄様、どっちもこちらへ来なさいって言ってるよ」
なまじ意味が判るだけに戸惑っているネル様。
因みに意味はこんな感じだ。
――――
悩みながら、左の道は万人が通る道です。
母親から巣立った幼子よ。
敷かれた道を踏み越えて右の道をお行きなさい。
――――
「どっちへ行きます? 悪いけれど、これは君達を護って引率する僕が決めちゃいけないことなんだ」
二つの詩の解説をした後、チャック様は僕達に聞いた。





