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七歳の儀-05

●さあ出発だ

 伯爵様が付けた護衛も含めて、携帯食として五つバーガを購入する。

「私が持ちましょう」

 袋を受け取るアルスさんの目が、

「ポテトケーキ二つになります。ありがとうございました」

 隣から漂う砂糖醤油の香りに向けられた。


「姫様。このポテトケーキと言う奴、いいですか?」

「意外! あんた大人の男の人なのに甘党なの?」

 可笑しがるネル様に男が

「どちらですか。買って頂けるなら、護衛の間は閣下の家来ではなく姫様の家来になってついて行きますが」

 と聞くと即座に、

「欲しいんなら買ってあげる。あたしもどんなのか見て見たいし。お姉さんポテトケーキ一つ」

 ネル様は鷹揚に承諾する。

「ポテトケーキ、オーダーワン! 一エムになります」

 会計を済ますネル様。

 パティサイズの物が熱した油の中に付けられる。

 マック・アーサーのポテトケーキって、正体は油で揚げて砂糖醤油のみたらしソースを掛けたイモ餅だ。揚げた直後に捺した焼印が、コインのエムと同じ肖像。(ちい)さき者の守護者と言う文字も入っている。

 笹で(くる)んだポテトケーキから美味しそうな匂いが漂って来た。経木(きょうぎ)で包んで貰ったネル様が手渡した。


「ならば約束通り、家来に成って行きましょう」

 恭しく受け取るアルスさんに便乗して、

「じゃあ。一つ僕にも下さいな」

 チャック様が両手を出した。


「お兄様。そんなんだからお調子者って言われてるんじゃない?」

「だって、美味しそうだろ?」

「仕方ないなぁ。じゃあお姉さん……」

 言い掛けたネル様に、

「ネル様。もう一つ注文しませんか? 買っておかないと後悔しますよ」

 と僕は言う。だってネル様ったら、物凄く食べたそうにしてるんだもん。

「うん。そうだね。お姉さん、ポテトケーキ追加二つね」


 店を出てサンドラ先生と別れると、チャック様が僕達三人にこう言った。

「皆の宿代とかを取り分けた分、確かに僕が預かったよ。じゃあ残ったお金で自分の必需品を買って来てね。

 集合は神殿口の門。時間は三十分。宿場町に着く前に日が暮れるのが嫌だったら、ちゃんと時間は守ってね」

「うん!」

 弾む声のネル様に向かって、

「無駄遣いすんなよな」

 と釘を刺すデレックは、もっとニコニコとしてお店に向かって走って行く。


「大丈夫ですかね」

 チャック様に話し掛けると、

「無駄遣いして後悔するのも七歳の儀の経験さ。人間、痛い目を見ないと覚えないからね」

 とふっと哂う。

「……君は買い物いいのかい?」

「特に欲しい物ありませんしね。取っておきます」

「君、本当にしっかりしているね。とても七歳には思えないよ」


 神殿口の門に近づくと、出立の順番待ちの子達が固まっていた。

 チャック様と同じくらいの、スタッフを持った少年に連れられているのは年下のモノビトの女の子達。

 不安げな彼女達の中でも、今にも泣きそうな一人目線に高さを合わせ、少年が言い聞かせている。

「建前はお前達の七歳の儀で、本音は俺の十二歳の儀と神殿へのご機嫌取りにお前を献納することだけど。

 いいかいこれはチャンスなんだ。神殿に行けば神殿がお前の後ろ盾に成る、神殿が学問を授けてくれる。そうすればお前は、何にだって成れるんだ」

「でもー。私、若様と一緒がいい」

「馬鹿! 今は良くてもモノビトのままじゃ、俺や親父の愛人か、配下の褒美か他家への贈答品だ。悪いことは言わない、神殿で勉強するんだ。それにお前だって大きく成ったら本当の恋って奴をするんだろうよ。俺も良く判らないが、好きの続きが恋じゃないらしいんだ」

 撥ね付けられてシクシク泣き始める女の子に、歳も身分も上だけど、振り回されて困り果ててる男の子。


「献納って……」

 僕が訊くとチャック様は教えてくれた。

「ああ。元々はモノビトの存在に反対する神殿が、自立する技能を与えて解放するために始めた方便さ。

 利用する貴族の方も色々あってね。血消しと言って、例えばモノビトの愛人に産ませた子供の身分を、周りに気付かれず自由民にしたりするような時にも使われるよ。そうすれば改めて養女に迎える体裁も取れるからね。

 御国の戸籍名簿を管理している神殿は、神殿で神様に仕える前の経歴を綺麗さっぱり消しちゃうことが可能なんだ」

 そう言いながら、じっと様子を窺っていたチャック様は、

「ふーん。あの子だけ露骨に扱いが違うみたいだね。ひょっとしたらあの子。あの若様の腹違いの妹かもね」

 判ったように、にやりと笑った。


 若様に連れられて出発して行くモノビトの女の子達。

 それを見送って十分後。デレックが獣除けの鈴や火種の火縄なんかと一緒に、日本の観光地で売っているような『お土産木刀』を買って帰って来た。残金はエムが少しと舌を出すデレックに、チャック様の生暖かい眼差しが向けられた。


 予定時間が来た。まだネル様が戻って来ない。

「スジラド君。迎えに行って」

 やれやれと言う顔をしたチャック様に命じられて、探しに行くと、

「じゃあ三エス!」

「大負けにおまけしても五エスですよ」

「四エス!」

「それはちょっと……」

 既に小物やアクセサリーを買い込んでいるネル様が、可愛い仔猫のストラップを巡ってお店のお兄さんと丁々発止。

「あのう、ネル様」

「ちょっと待って。今これ買ったら戻るから。お兄さん、じゃあこの髪留め付けて五エス」

 取り付く島も無い。


 三十分後。デレックが遣って来た。

「おーいまだかー。チャック様が置いて行くって言ってるぜ」

「デレック。お金は大事だよ。安く買えるものは安く買わないと」

 まだ交渉が終わらない。


 そして更に三十分。予定時間を一時間過ぎた頃。

「いつまで買い物してるんですか? 置いて行きますよ」

 とうとうしびれを切らしたチャック様がやって来て、文字通りネル様の首根っこを掴んで店から引きずり出した。


「随分遅れました。途中、休憩は無しです」

 腹を立て、有無を言わさず宣言したチャック様は、

「ネル。歩けなくなったらレディらしからぬ形で運んで貰うから覚悟してね」

 と言い捨てると、

「すみませんが、足を軽くするためこの子達の荷物をお願いします」

 頭を下げてアルスさんに頼み込んだ。


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