七歳の儀-04
●試練の象徴
ネル様の答えは[27÷5]と式を立てた算数の答え。デレックの答えは現実に良くある答え。
そしてチャック様のは、成人の儀だからこそ出て来た答えだ。だってここ、普通のお金は使えないんだもん。ここで使えるお金を持って居るのは、成人の儀に向かう僕達子供しかいないんだから。僕達の財布で割り勘だったら、都合良く割り切れる数には成らない。
だけど僕は思い出した。先生は、僕とネル様とデレックの三人で考えなさいと言ったんだ。
つまり[27÷3=9]で九エム。これが正解だ。
「九エムです」
僕が答えると先生はパチパチ手を叩いて、
「御名答! 良く気が付いたわね」
納得したのはチャック様だけ。ネル様はえーって顔しているし、デレックは良く判ってないようだ。
「なぜチャック君に払わせないか。これは試練の種明かしに成るから言えないけれど、そうする意味がある事だけは覚えておいてね。皆、この後の事は食べながらお話ししましょう。じゃあチャック君。後の仕切りはお願いね」
「了解です」
と答えたチャック様は、
「先ず覚えておかないといけない事なんだが。ここでは渡されたお金しか使えないし、子供しかこのお金を使えないんだ。宿代は一人一泊一エル。食費は二日間であと十五エムは取り分けた方がいい。これが最低限必要な物なんだよ」
と、削ることが出来ない経費を提示した。
「とすると、お兄様。あたし達もう九エム使っているから、三エル四エム減って残りは一エル六エムしか残っていない訳ね」
ネル様が確認するとチャック様は、
「そうだよ」
と相槌を打った。
「僕は二エル五エム残してある計算になるけれど、成人の儀には超える為に避けられない不確定な出費があるんだ。これは今の答えを聞く限り、ネルやデレックに任せる訳には行かないからね。だからどうしても、まだ僕の分は使えないんだよ。
まあ、スジラド君なら任せても構わないけれど、僕が一緒に行くんだから今回は僕に任せておき給え」
ここまでチャック様が話した時、再びサンドラ先生が口を開いて、
「この子達は賢いわよ。特に仔犬ちゃんはお為ごかしな説明なんて直ぐ見破ってしまうわよ。本当の話もしておくべきね。他所の子達に予断与えちゃ拙いから……小声でね」
と忠告した。
チャック様はふーむと唸り、声を潜めて教えてくれた。
「実は君達の面倒を看る事が僕自身に課せられた課題なんだよ。十二歳の試練は『小さき者の守護者』とも呼ばれ、引率することが試練の一環とされてるんだ。勿論、神殿にたどり着きさえすれば別に文句を言われることでもないけどね。
因みに七歳の試練は自分で考えること。自らの無知を知り、可能なことを実直に行う武神の試練だね。
十五歳は邪神の試練だけど、ぶっちゃけるとよく知らない。元は全ての神殿を巡るものだったはずだけど、今は神殿が無駄に増えてるからねえ。
で、試練を示す意味もあってそのコインの図案は決められてるってわけさ」
へーっと感心するネル様の声。
「そうそう。これから一緒に神殿に行くんだ。もっとお互いに知っておく必要があるね」
チャック様が話を振る。
「カルディコットは弓の貴族。代々武芸の素質に恵まれている。男兄弟の剣は免許皆伝。末は弓取りの大器と噂されてるのは知ってるかい?」
簡単に言ってのけるチャック様。
「へー。チャック兄様も弓がお好きなの? あたしも弓が一番好き」
好きな事が同じなせいか、ネル様はすぐチャック様と打ち解ける。
好きこそ者のなんとやら、僕もデレックも弓ではネル様に敵わない。
引きの弱い、有効射程が半町つまり五十メートル程の子供用の弓でではあるけど。ネル様は狙えば的に突き刺さった矢の矢筈に命中させて前の矢を割るなんてことも平然とやってしまう程になって居た。
飛ぶ鳥も三羽に二羽は翼を射抜いて撃ち落とし、残りの一羽は腸を貫いて駄目にするから、那須与一に勝るとも劣らない。いや射程内の命中率だけを見れば超えているとさえ言える腕前だ。
こんなネル様の、弓が得意な兄上ならば同じことが出来たとしても驚かないや。
「ええ。世間の噂で弓の腕前なら聞いたことが有るわ」
裏書きするサンドラ先生は、その後こう付け加えた。
「庶兄は火の剣、剛の剣。嫡弟柔らな水の剣。一番末は弓執りて、早撃ち曲撃ち狙い撃ち。おっちょこちょいのお調子者」
「……酷いなぁ。おっちょこちょいは余計ですよ」
苦笑いするチャック様。
「へー。性格まで似てるなんて、やっぱりネル様の兄上様ですね」
「ちょっとスジラド! あたしおっちょこちょいじゃないよ!」
だけど、付き合いの長いデレックもうんうんと頷いている。
とそこへ。
「姫様若様お待たせ致しました。お父上の命により同行仕ります。アルスとお呼び下さい」
プレートアーマーの背にクレイモアを背負った男が到着た。犬面を思わせる兜・バシネット。そのヴァイザーを右手で跳ね上げて顔を晒す様は、警官隊の敬礼に酷似していた。
「姫様。この方、名は知られてないかもしれないけど、腕は確かよ」
サンドラ先生の言う通り、体幹を小動もしない歩き方。ただそれだけでどれだけの手練れか予想は着く。
「強ぇーな」
ぼそりとデレックが呟く。
会うの初めてだよね。だけどこの人。どこかで有った様な気がする。
「あ!」
ネル様が声を上げた。
「聖域の中では、あたしたちが貰ったここのお金以外使えないのよね?」
「その通りよ」
サンドラ先生の回答にネル様は、
「ってことは、この人の宿代もお食事代も、あたし達が払う訳?」
頷く先生を見て、
「いきなり前途多難だわね」
想定外の出費にネル様は頭を抱え、それを横目にチャック様は面白そうに笑うのだった。





