七歳の儀-02
●麓の関
神殿の麓は城壁に囲まれていた。
日本に例えると市民が普段着で入れる山の登山口。その周辺を近くを流れる河に沿って築かれた城壁で、神殿の聖域が外部から切り離されている。
石橋を渡り、左手にぐるりと石垣に沿って大回り。そこで出くわす門を潜ると、目の前に立ち塞がる高石垣。そこを右に折れて坂道を上る。真正面は突き当たり、上の方に矢狭間が見えた。そしてそこから左に折れて続く道。そちらに行くと突き当りの右手に有った矢狭間を背に回す。
しかもその道は直ぐ行き止まってまた左に折れるけれど、曲がったと思ったら直ぐ左手に広い空間。
「先生。なんだかまるでお城みたい」
「そうよ。野盗やお馬鹿さんな諸侯とか悪人輩が襲って来ても、ちょっとやそっとじゃ陥せないわね。これは匿って保護した子供を護る為なのよ」
サンドラ先生は僕の疑問に答えてくれた。
そうして入った聖域の中は、役場と宿が置かれていた。
鉄柵の向こうの頂上の神殿へと至る道は、神殿口門から続く九十九折れだけれど舗装された一本道。街道と同じ砕きレンガの赤い道が続いている。
中央の広場に田舎の小学校の運動場程もあり、雨を避ける幾つかの四阿が置かれている。
そこには僕達の同じ年頃の子供達が、似たような服装ごとに男女の別なく屯していた。
コーヒー豆を入れる麻袋の解れた物を荒く綴り合わせたような、裾の短いみすぼらしい服を着た子供達。
まともな服ではあるが身体に合わぬ古着を身に付けている子。その服のあちこちに接ぎ当てがされている子。
上等の服地に細密な縫製の身体にピッタリの服の子。上等の服がさらに鮮やかな色で染められている子。
同じ七歳前後の子供でも、一目で身分や親の財産が知れてしまう状況だ。殊に、麻袋のような服の子達の首には例外なく革の首輪が嵌められていた。
『そうか、あの子達はモノビトなんだ』
僕は今、従騎士の身分にあるけれど、何かボタンが一つ掛け違って居たら、あそこにいるのは僕だったかも知れない。
身分や立場に違いはあるけど、共通しているのは不安げな顔。ツラっとしているデレックや僕、うきうきしているネル様みたいな子はとても目立つ。
不安げな子供達の視線の視線の先は役場だから、きっと付き添いの者の手続きが済むのを待っているのだろう。
「あ。カッサンドラ先生ですね」
手続きを前に馬車を預けていると、まだ声変りしていない男の子が声を掛けて来た。
キュライスと呼ばれる鋼の胸甲を着け右手に手甲。剣帯に剣を吊るし背嚢の上から丸い盾を背負い、足は革の短靴にゲートル巻き。羽飾りのついたベレー帽を被っている。
「あなたは?」
「はい」
差し出したのは、美々しく装飾の施されたハマグリの貝殻。
サンドラ先生はポシェットを探ると、やはり同じような貝殻を取り出して二つを合わせる。
「ぴったりね。あなたがチャック君?」
「はい。お世話になります」
チャック様は礼儀だしく一礼した。
「やあ、ネル。赤ちゃんの時以来だね。前に会ったのは乳母の里に行く前だから、君は覚えちゃいないだろうけど」
「チャック……兄様?」
実感の湧かないネル様は、
「そうだよ。綺麗になったね」
「兄様お上手」
万年雪のような歯をキラリとさせながら自分をレディ扱いしてくれるチャック様に、思わず頬を赤くする。
気に食わないのかデレックが、
「ちぇっ。スケコマシめ」
と聞えるように独り言。いいのかなぁ? チャック様はネル様の兄上で主筋の人なんでしょ?
別にネル様と敵対してる人でもないし、他家の人と違ってネル様取られちゃうことも無いんだし。
チャック様には聞こえた筈。だけど全然聞えなかったように、
「今年は僕も二度目の成人の儀なんだが、七五三と言ってもある程度幅が有って厳密にその歳にする必要も無いんだけれど、ネルが七歳の成人の儀をするって言うから一緒にすることにしたんだ」
自然にネル様との話を終わらせると、次に僕の隣に来て肩を叩き、
「君があのスジラド君だね。噂は聞いているよ。ありがとう、君が人攫いからネルを助けてくれたんだったね」
と、僕を喜ばす。女っ誑しと言うよりは人誑しなんだろうなこの人。
他の子供達がそうであるように。僕達も保護者のサンドラ先生と別れ子供だけで神殿へ赴く。
先生は僕達一人一人に革袋のお財布を渡し激励した。
「はい。これが旅費ね。子供の脚でも昼から日が沈むまでにたどり着ける位置に宿場町があるから必ずそこで泊まりなさい。途中に休憩所も何箇所か用意されているから安心して」
そして逸るネル様を制するように、こう付け加えた。
「先ずはそこでお昼食べてから出かけなさい。お昼ご飯までは私も付き合うから」
一番年上のチャック様をリーダーにした僕達は、助言に従って先ずは麓の宿屋の食堂で腹ごしらえをすることにした。





