七歳の儀-01
●神殿へ
蹄の音も軽やかに、高い石垣で土止めされた段々畑の間を縫って石段を降る六輪の馬車。
もうすっかり我が家となった、サンドラ先生のお家が遠くなって行く。
水を湛えた溜池も、牧場を駆けるヤギ達も、薬草畑も懐かしい。おセンチになったネル様が、ハンカチを目に押し当てる。
「やっぱネル様も女の子なんだな」
失礼なことを言うデレックの、
「おっと!」
膝を蹴っ飛ばそうとして躱されるネル様。
「んもう!」
「あれ? どっかに牛が居るような……。声はこっちからするようだけど」
ネル様をじーっと見て、
「やっぱり気のせいか。ある筈のもんがねーや」
言いつつ手で描くポン・キュッ・ボン。
「あ……」
ネル様の放ったいい感じのフリッカーが、デレックの顎を捉えて揺らした。
ぐらっと揺れたデレックが前倒しに倒れて、向かいのネル様の膝に顔を埋めた。
ネル様はデレックのこめかみを拳骨で挟んでぐりぐりとしながら、
「見てなさい。後でどんなに頭下げて頼んでも、デレックに『だけ』は触らせてあげないから」
悔しさの余り、かなり気恥ずかしい負け惜しみを言っている。
一つ歳を取った分、女の子らしくはなって居る筈なんだけど。相変らずネル様は乳母子のデレックを男扱いしていない。そんな所はまだまだ子供。
まあ、本人は立派なレディだと思って居るようだけどね。
「スジラド? 今何か、失礼な事考えてなかった?」
「いえ何も」
「そう? ならいいんだけど」
相変らず勘は鋭い。
そして、そんな会話を交わす内に枝道は街道へ合流する。砕きレンガを敷き詰めた赤い道に。
悠々と馬車がすれ違える広い道。ただでさえ振動の少ない六輪馬車は、街道に入ると魔法の絨毯のようになった。蹄の音が聞えなければ、移動していることすら判らないくらいに。
この頃には僕達のお馬鹿な話も落ち着いていた。静まり返った後ろに向かって、
「この中で、成人の儀について知っている人いるかしら?」
今まで黙って馬車を操っていたサンドラ先生が、僕達に質問した。
「はーい! 七五三の儀式です」
元気良く答えるのはネル様。デレックは知っていたけどネル様に譲ったって顔をしている。
「七五三?」
僕は素っ頓狂な声を上げていた。それって子供が無事に成長したのをお祝いする奴だよね。
「あー。やっぱりスジラド知らないんだ」
くすっと笑うネル様。
「じゃあ、姫様説明してあげて下さい」
ドヤ顔でうずうずしてるネル様の背中を先生が押すと、
「七五三と言うのはね。稚き者の護り神イクイェヂ・ホート・マーメィ様が定めた儀式なの。生まれて七年後の七歳と、その五年後の十二歳と、さらに三年後の十五歳の合計三回、神殿に行って加護を授かる儀式よ」
胸を張って回答した。
「その通りです。大変宜しい」
褒める先生の言葉に、にっこりするネル様。
「これから神殿の麓の街まで馬車で行きます。そこから先はあなた方だけで行くのですよ。女の子が真夜中にお使い出来るほど、とっても治安の良い街です。ええ。何が有ってもその身に危険が迫る事はありません」
おや? と僕は思った。その身に危険がってことはそれ以外は何かあるのかな?
ネル様の答えを受けて説明するサンドラ先生の話によると、詰まるところ神殿に向かうのが成人の儀らしい。
地図を読み、道中のお金の計算、対人の話術などを試す意味があるらしく、子供達だけで行うのが通例となっているとか。
とは言え当然、最初の七歳の儀式ではあちこちの街や村から子供達だけで旅させるなんて無茶はしない。スタート地点は神殿の麓の街でそこから間の宿場町を通って神殿に向かうのだ。
広い意味では麓の街からすでに神殿の聖域であるのだろう。多分道中にはなんらかの監視網を用意してるんだろうな。
とここまで考えて、
「あ、これ。初めてのおつかいって奴だ」
と思い当たった。
「初めてのお使い? 仔犬ちゃん、上手い事言うわね。そう、貴族の子供でも、この七歳の儀式で初めてお金を使う子も多いのよ」
「えへっ。あたしは四つ位の時にお金使ってお買い物してるよ」
得意げに自慢するネル様。
「子供の脚で片道一泊二日の旅だけれど、途中に宿場町が置かれているの。子供だけでする初めての旅ね」
「あたし、六つでそれやったもん」
サンドラ先生の解説に益々ネル様は鼻高々。
「心配することは何もないみたいわね」
苦笑する先生は、新しい話題を振った。
「そうそう。伯爵閣下からの連絡によると、麓で姫様の末のお兄様が合流為されるそうよ」
「末の兄様?」
「庶兄アイザック様と同腹のチャック様よ。十二歳の成人の儀に参加なされるの」
そんな人居たんだ。と言う顔をするネル様に、デレックは教える。
「いざと言う時、一族が全滅しないように、子供は乳母の里で別々に育てるからなぁ。俺にもマリエルって名の姉貴が居るらしいけれど、俺全然覚えてねーしよ」
「そんな人居たの? あたし聞いてないよ」
「そりゃそーだ。今初めて言ったんだから」
四方山話をしながら六輪馬車は街道を進む。
やがて、沢山の幼子にしがみ付かれた法衣の男の像が見えて来た。その目立つ道標の所から赤い道は分かたれる。
「神殿はほら、あそこよ」
サンドラ先生の示す彼方に白亜の建物が見える。
分かれ道を山側に進んだその先に、空を映す一面の沼畑の間を縫う街道の先に、谷間を切り通した砕きレンガの道の先に。
神殿は雲に浮かぶように鎮座していた。





