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エピローグ 成人の儀へ

本日は0時7時21時の3回更新です。

●成人の儀

 あれから一年。僕とネル様は七歳になった。

 それはもうみっちりと、魔法の基礎や科学的な知識を叩きこまれた。勿論それ以外の歴史や地理や礼法などの基礎学習もだ。

 サンドラ先生は、僕の飲み込みが早いと知ると他の二人以上に知識を叩きこんだ。


 ネル様の学力も決して低いものではないが、流石に日本の義務教育を終えている僕には追いつくことも出来ず、ものすごい顔で睨まれることが多い一年だったと思う。

 デレックはあまり頭が良いとは言えないけれど、負けず嫌いな性格からか、魔法や武術・戦史などの分野ではネル様以上の頑張りを見せていた。僕から見ても、命懸けって言う感じ。

 だけど悲しいかな、努力が実ってるかどうかは微妙なところだけど。


「はい、そこまで!」

 師匠がそう言ってテストの終わりを告げる。

「燃え尽きた……」

 書き損じの山に埋もれて灰になってるデレック。

「問題、あたし達より多かったけど、スジラドはどうだった?」

 遣る事をやり遂げた充実感に、穏やかな顔をしているネル様。

「僕? うんなんとか八割くらいは」

 量が量だけに。緊張が解けた途端、僕の頭もぼーっとしている。


「スジラド。この問題だけど……」

 指差してネル様が答え合わせを求める。僕の問題にもあった奴だ。

 でもね。それにしても、

『続く三枚の帳簿の内、一枚に不正があります。どれですか? またその理由を述べなさい』

 なんて物、七歳児に出す問題じゃないよ。うん。やり方先生から習ったけどね。


「頭の数字だけ見るんだ。帳簿丙は頭の数字の出現率が均等でしょ? 実際には絶対そう成らないから」

「あ。やっぱり丙ね」


 付いて来れずむすっとするデレックを、二人してご機嫌取っていると、

「うん。これなら問題無いわね」

 にこにこ顔で先生は言う。そして、

「特に仔犬ちゃん。素晴らしいわ! 仔犬ちゃんなら、今直ぐ行学所(ぎょうがくじょ)に入って付いて行けると思うの」

 と言われ、力一杯抱き締められた。


 因みに行学所とは都の刀筆の貴族の子弟が役人に成る為に学ぶ所だ。廊下で待機する主人のお供が講義の内容を身に付けたら大層な出世をしたと言う話を聞く程、高度な事を教えているらしい。


 先生は謡う。

――――

 昔、草履取りあり。顔はまさに猿のごとし。

 やがて草履を捨て旗を執り、兵を率いて時流の風に乗れり。

 天下の相を手に宿し、その手に天下全てを握る。

 竜を馴らし虎を(もてあそ)びてなお余力有り。

 御国(みくに)に海の彼方を加えんと欲す。

――――

 伝説と言うかおとぎ話と言うか、生まれも知れぬ猿めと蔑まれた子が主人のお供で待機する廊下で講義を聞いてそれを身に付け、学問で身を立て皇帝陛下第一の家臣となった話。

 彼は叛乱を起こした地方の討伐を命じられこれを散々に打ち破り、遂には弓の貴族を力で束ねて宰相の位に登る。

 皇帝陛下を(たす)け逆賊を討ち、天下を一つに束ねただけでは飽き足らず、余勢を駆って海の彼方の西の大陸を攻める話だ。

 聴きながら、あれ? と僕は思った。これ僕、どっかで聞いたことが有ると。


「先生。それ作り話だよ。貴族の草履取りをしていた生まれも知らない子が宰相(ロア)の位まで昇り詰めて、外国(とつくに)を攻めた話なんて」

 とネル様は言うし、実際そんな記録は無いと先生すらも笑って言う。

「だけど、このお話ってとても素敵じゃない? これはわざわざ行学所で暗唱させている物なのよ。学問のすばらしさを教える話として。人は学問を修めれば、どんな高みにも上れるのだと謳っているのよ」

 実際にはそんなことは無い。人は生まれに縛られて、親の職業を継いで生きて行く。そもそも、低い身分に生まれ付いたら、学ぶ機会そのものが与えられないのが世の理だ。

 そのことをデレックが指摘すると先生は、

「だからこそこの国を、先生は素晴らしいと思うの。生まれに拘らず優れた人を受け入れるよう、上級貴族の子弟に教育しているのだから」

 なるほど、そう言う寓話なんだ。


 合格を宣言したサンドラ先生は、僕達一人一人にお免状を渡して、

「これで『成人の儀』に向かえるわね」

 と口にした。

「成人の儀?」

「皆にはこれから、神殿に向かって貰うわ。詳しい事は道々話すわね」


 僕達にとって、一年ぶりの旅となりそうだ。


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