論功行賞-05
本日は0時6時18時21時の4回更新です。
●夢の間に
ネル様は、魔法魔法と熱に浮かされた様にはしゃいでいる。デレックは……。なんだかだらしない程顔がにやけている。
こんなのいつか見たようなことが有るな。あ、幼稚園の卒園式だ。入学を目前にして、皆テンション高かったっけ。今まで名前をちゃん付で呼んでいた友達を、名字で君付けさん付けして呼んでみたりして。
魔法についての詳しい話は、サンドラ先生の家に行ってからと言うことになってお預け状態。
その夜。ネル様やデレック……だけでなく僕も興奮してなかなか寝付けなかった。
「おっはよう~!」
まだ夜も明けない内から、僕とデレックとサンドラ先生を叩き起こすネル様。
「姫様。ちょっと早いわよ。まだ真っ暗じゃない。出発は空が白んでからだわね」
「もう朝開き星が輝いてるわ。先生、早く早く」
「仕方ないわね。出発はまだだけど、馬車に移動しましょう」
案内された先に見えたのは。
えーと。どう見ても普通の馬車じゃないよこれ。車輪は六つもあるし、横から見た車輪の付き方がトーナメント表みたいになって居る。おまけにゴムタイヤにしか見えないのを着けてるよ。
まるで険しい地形を探検する火星探検車みたいだ。
しかも馬車の壁に蛇口がある。種も仕掛けも無い馬車の壁に取り付けてある。天井には蛍光灯の様な物まで。
「捻って御覧なさい、お水が出るわよ」
先生に言われたネル様が蛇口を一捻りすると、
「わぁ~」
まるで水道の様に水が流れる。これ、壁に取り付けてあるだけだよね?
デレックなんか語彙が乏しいから、
「すげぇー! すげぇー!」
の連発だ。
「驚いた? これがマジックアイテムなのよ。私が造ったのよ」
得意げなサンドラ先生に、益々尊敬の念を増すネル様の瞳。
「先生! あたしにもいつか出来ますか?」
「もちろんよ。ちゃんとお勉強さえして行けばね」
「すけぇ~! 全然揺れねーよ」
デレックが吠えた。そう、動き出してまたびっくり。まるで魔法の絨毯に乗ってるような乗り心地。
「そうでしょそうでしょ」
僕達の驚きを見て上機嫌のサンドラ先生は、
「うふふ。でもね、これは魔法じゃないの。馬車の車輪を支える部分が、振動を捩じりに変えて受け止める造りになって居るの。こんな風に物事の理を窮めれば、それだけで魔法のような事も出来ちゃうものなのよ」
うーむ。もうトーションバーがこの世界に有ったんだ。
ネル様の驚きはなおも続く。
途中、街道を逸れて枝道に入った。街道みたいに整備されていないんだけれど、火星探検車と同じ造りをしているせいか、凸凹した岩場も平気で進んで行くんだね。人の歩くスピード位なら、今までと殆ど変わらない。
普通の馬車なら先には行けない道なき道を、六輪馬車は進んで行く。
昔読んだ壺井栄の二十四の瞳に、初めて乗ったバスに興奮して、アンパン一つ食べない内に目的地に着いた。と言う場面があったけれど。まさに今の僕達だ。
魔法の事を考え興奮し、替わる景色に目を奪われ。気が付けば半日の旅程も夢の間に、先生の家に到着した。
山の中腹の小山の天辺に、天文台のようなドームが見える。溜池を背負い斜面に沿った段々畑の向こう。ドームに隣接した斜面の段差を利用した三階建て。あれがサンドラ先生のお家なんだ。
お家に至る道は大人の背丈より高い石垣で土止めされた段々畑を縫って行く一本。案山子なのか、途中幾つもの武器を持った等身大の石像が置かれている。
えーと。あそこにあるのは何かなぁ? どう見ても鉄条網にしか見えないんですが。
十メートル程茂った鉄の茨の向こうには、山羊が草を食んでいる。
「天辺付近は牧場にして山羊と鶏を飼っているの。良い子にしてたら毎日ミルクを飲ませてあげるわよ」
うん。これはもうお城か砦だね。
「それにしても……。石段登れる馬車ですか」
僕がぼそりと口にすると、
「当然よ。軽量化の魔法も使っているんですもの」
サンドラ先生の、魔法と科学知識のコンボは当にチートだった。





