論功行賞-04
本日は0時6時18時21時の4回更新です。
●愉悦と妬み
「むぅ~」
ネル様がちょっと拗ねて口を尖らすその横で、
「すべすべしてる。子供のお肌っていいわね」
ちょっと危ない発言をしながら。背中にお腹そして胸。太股にお尻そして腰。服を脱いだ僕の身体を撫でるサンドラ先生。
心地良さに、そして時折混じる激痛に、荒い息が口から出る。
「仔犬ちゃんのここ、随分熱を持ってるわね。あーあ、こんなに固くなっちゃって。今先生が楽にしてあげるわね」
柔らかい感触が僕を支配する。温かく心地良いものが、掌から指の先から伝わって来る。
ろれつが回らなくなるほど、身体の中を掻き回される。
疼き・痺れ・焦燥感。痒み・痛み・多幸感。何もかもがごっちゃになって、怒涛の様に僕を襲う。
浮かび・沈み・振り回されて。どこが空やら大地やら。因果地平を透明なジェットコースターで翻弄される僕。
そ・し・て……。
世界が真っ白になった僕の身体から力と言う力が抜けさって、その瞬間僕は煩悩から解き放たれた。
凄いわね。サンドラ先生の手から出る紺色の光が、見る見る腫れを引かせて行く。
パンパンに腫れたスジラドのふくらはぎに触れながら、
「仔犬ちゃんのここ、随分熱を持ってるわね。あーあ、こんなに固くなっちゃって。今先生が楽にしてあげるわね」
声だけ聞いてると絶対治療と思えない。とってもいかがわしい言葉を掛けながら翳す光に、内出血は薄れ膨れ上がった足はいつもの太さに戻って行く。
気持ち良さそうに光を浴びるスジラドの顔に、赤ちゃんがふっと笑うような神様の微笑みが浮かぶ。
倒れ込んだスジラドを支えながら、先生の治療は続けられる。
『スジラドにあんなに無茶させちゃったのに、あたし傍にいて泣いてる事しか出来なかった。なんであたし、魔法を覚えていなかったんだろう。【治癒】が使えたら、夕べの内に元気にしてあげれたのに』
何も出来ないあたしの目の前でスジラドの身体は癒された。
「羨ましいわぁ~。このもっちもちのお肌。これだけ綺麗だと、私もお化粧しなくて済むのに」
すっかり元通りになったスジラドの身体を確認しながら、サンドラ先生が呟いている。
先生とっても綺麗なのに、なんで贅沢な事言ってるの?
……駄目だ。あたし嫌な子になってる。
「むぅ~」
なんであたしは子供なんだろ。なんだか無性に腹が立って来た。
気が付くと、身体をサンドラ先生に預けながら余韻に浸っている僕。
「ちっちゃいのに頑張ったわね。逞しい仔犬ちゃんって大好きよ」
微笑む先生は僕の髪の毛を手で梳き、名残惜しそうにこう言った。
「はーいお仕舞い。どう? まだ痛い所あるかしら?」
首を回す、肩を動かす、腕を振る。膝を曲げ伸ばして足踏みする。そしてぴょんぴょんその場で跳ねる。
「すっかり元通りだ。……先生凄~い!」
これが魔法と言うものなんだ。
「むぅ~!」
ネル様が不満の声を上げる。
「確か【治癒】って槍の長さ位離れてても見えてれば使えたよね」
「え、それほんと?」
と先生を見ると、
「離れていても治せるけれど触って癒す方が易しいの。戦いの最中とか緊急時には魔法を飛ばすけれど、今みたいに余裕がある時は、触って治すものなのよ。それに、見えない傷より見えている傷を治す方が簡単なの」
と説明してくれた。
「サンドラ先生。僕も出来るようになる?」
興奮気味に訊ねると、少し申し訳なさそうに先生は言った。
「うーん。魔法には適性があるから、調べてみないと判らないわ。
あ、でも水魔法の素養を持つ人ならば、お勉強すれば直ぐに使えるようになるわよ。
そうね。私程度の力量でも、筋肉痛や打ち身捻挫くらいなら魔法だけで治せるし、自然に治る前なら、切り傷刺し傷や火傷の痕を残さないことも可能だわ。
だけどうんと力量上げないと、折れた骨とかは骨接ぎの技で戻さないといけないし、深い切り傷や刺し傷の場合、異物を除いて縫ったり針金で止めたり特別な糊でくっ付けたりしなければならないの。
勿論魔法と合わせてそう言う事も学んで行くけれど、お医者様がいるならそちらにお願いした方が確実よ」
個人の素質に影響されるし使いこなす知識も経験も居る。だから魔法は決して万能じゃないと先生は言う。
「例えば、今の治療も色々と薬も使ったのよ。魔法で癒しながら鎮静剤とかをネズミの毛よりも細い針にして打ち込んだりしているの。同じ事をしたいなら、薬の遣い方も覚えないとね。実際の匙加減は知識だけではどうにもならないのよ」
お医者様みたいなことをする人が、修養に何年も掛かるのはこの世界も同じなのか。
「たとえ望む魔法の素質がなくてもそこであきらめちゃ駄目よ。しっかりお勉強して物事の理を理解した人ならば、同じ事をマジックアイテムを使って出来る場合が多いの。
マジックアイテムってとっても高価だし、理解の程度によって出来る事に格差が生まれるけれど、きちんと学問を修めた人なら真の力を引き出せるのよ。
だからそこの君! おまけのデレック君」
さっきの仕返しとばかりにサンドラ先生は言う。
「自分に関係ない事だと居眠りしないでちゃんと聞く! 姫様も、仔犬ちゃん取っちゃわないから不貞腐れないで」
「むぅ~!」
ネル様が吠えた。
それにしてもまだドキドキしてる。
「艱難習なりて汝を打ち拉ぐ日にも
強くあれ 雄々しくあれ 心ひたすらに亨せ
起これ水の水 治癒」
サンドラ先生が詠唱すると、両手の掌と指先が紺色の光を帯びた。その手で撫でられると、痛みが和らぎやがて消え去ってしまう。それどころかとっても気持ち良い。
日本ではあり得ない奇跡を目の当たりにして、改めて僕は日本とは別の世界に生きているのだと実感した。
「判ったら明日朝一で出発しましょう」
「どこへ行くの?」
ネル様が聞くと先生は、
「お父上からの依頼であなた方を、暫く私の家に預かることに成って居るの。外にちょっと変わった馬車を用意してあるわ。着いたら先ず、魔法の適性を調べましょう。魔法使いになりたいでしょ?」
と僕達を見渡して反応を見る。
魔法? なんだか僕、わくわくして来ちゃったよ。





