論功行賞-03
本日は0時6時18時21時の4回更新です。
●証明済み
「いざと言う時は十人指揮しろって言われても……」
口籠る僕にシャウィンタ卿は言った。
「謙遜は美徳だが、過ぎれば害にしか成らんぞ」
「遠慮するこたねーよ。お前を子供だと侮らんのを付けりゃ、並の従騎士以上の働きが出来ると、俺もカルディコットのも全然疑っちゃいねー」
アゲイ卿が肩をバンと叩いた。
「ひっ……」
激痛が走り声も出ない僕に、
「ああ、済まん。つい……」
気拙い顔を見せるアゲイ卿。
「ふ、これだから卿は。つい先程までモノビトだった六つの子供に。礼儀で負けるガサツさを何とかしろ。娘の事を論う場合か?」
と生暖かい眼差しで彼を一瞥したハルキ卿は、
「君は既に実戦証明済と聞いているが。スラムの孤児を指揮して、主家の姫を助けたのはどこの誰だ? 少しは自負しても良いと思うぞ」
と、事実を事実として突き付けた。
つまり伯爵様も寄騎三家の皆様も、今更何を言っているのだ。と僕に詰め寄って来る。
「お父様待って!」
どうにも困り果てた時、ネル様が助け舟を出してくれた。
「いくらスジラドが良い作戦を考えて命令したって、真っ先駈けてきって突撃したって。お父様が付けたイヅチが馬鹿にして言う事聞かなかったら何の意味も無いよ。だってスジラド、まだこんなにちっちゃいんだから」
それを聞いてふむ。と唸った伯爵様は、
「付けたイヅチを従えるのも任の内だが……。まあその歳なら侮りを受けるのは避けられまい。息子達のように傳役が目を光らせている訳でもないお前を、たかが幼児と侮って下知を聞かぬ手合いを付けても、恐らく何の役にも立ちはすまい」
と思案して、
「案ずるな。その時は必ずお前の言う事を聞く者を付けて遣る」
そう約束された。
こうして騎士見習いの辞令を貰った僕は、デレックに支えられてなんとか伯爵様の部屋を出た。
歩き出すまでが痛いけれど、一歩でも歩いたら後は何とか。
家来を雇うとか伯爵様が選んだイヅチと上手くやるとか、色々考えなくてはいけない事が多いけれど……。
「先ずは治療ね」
とネル様が言った。
「丁度お医者様が来ているの。寝ている間に一度診て貰っているけれど、もう一度診て貰いましょ?」
「うん」
「……程度は酷いがただの筋肉痛。大丈夫、放って置けば治る。薬を出すまでも無いね。腫れている所を水に浸して絞った布で冷やしておきなさい」
お医者様の指示通り指を動かしたり、身体に触れられ痛みの有無を調べられたりして3分間。
実にそっけなく出た診断。打撲など賊の攻撃で受けた傷は無く、無茶な身体の遣い方で傷めただけと断定された。寝込んで手足は萎えるだろうが後遺症の心配は無いそうだ。
お医者様が滞在されている部屋を出て、いつもよりひっそりとした館の中を移動する。
「どうしちまったんだよ。皆ネル様を無視してやがる」
荒々しく毒づくデレック。
横を通る使用人は皆慌ただしく、身も世も無いような顔をしている。
やっとのことで寝室まで戻ると、
「あなたは誰?」
ネル様の言葉にデレックは、支えていた僕を離して身構えた。
「誰だ!」
「ちょっ、デレック!」
よろける僕を受け止めるネル様。
デレックの視線の先には、知らないお姉さんがベッドの傍らに座っていた。
精密な幾何学模様の刺繍が施された服を着て、漆黒の表に緋毛氈の裏地のマントを纏う若いお姉さん。
首には色取り取りに美しく輝る石を連ねた首飾りを掛け、両の手首に腕輪して、親指を除いた左右八本の指に指輪をし、手には短杖を携えている。
●サンドラ先生
「初めまして。姫様に仔犬ちゃん。そしてついでにデレック君。今度、魔法を教えに来たカッサンドラよ。親しい人はドラちゃんなんて呼ぶけど、一応あなた達のお師匠様になるから間を取ってサンドラ先生って呼んでね」
歳は二十歳を過ぎたばかりだと言う。
「なんだ、おばさんか」
ついで扱いされたせいか失礼な事を言うデレック。慌てて、
「お若いですね。それに綺麗だ」
と僕が言うと。上機嫌になったサンドラ先生が、
「お上手ね。結婚なんてもう諦めていたけれど。もし仔犬ちゃんが良かったら、将来お嫁さんにして貰おうかしら?」
と、にこにこする。
「諦めていたって先生……。二十歳ならまだまだこれからでしょ」
まるで女として終わってるかの様な、自嘲的な物言いに僕が突っ込むと、
「スジラドおい。お前の母ちゃんくらいの歳なんだぞ」
デレックが呆れたように口にした。
「え? 十四歳年上はアレだけど。僕が十八の時三十二でしょ? 世の中にはそんなカップルざらに居ると思うけれど」
静かにデレックとネル様の顔が僕に向けて旋回した。
そして一呼吸おいてデレックが、
「お前なぁ! 普通十五で成人だろ? 女なのにそっから五年経っても結婚してねーんだぞ。早けりゃ十二歳で親になる奴も居るのによ」
「そうよ。あんたみたいな六歳の子供に、行けず後家の二十歳の大年増なんて押し付けたら。下手すればそれだけで主君に戦を仕掛ける正当な口実に成っちゃうのよ」
「え?」
十二歳でお母さん? 二十歳でもう大年増? 随分酷い言葉が出て来てるのに、サンドラ先生ったら苦笑いしてるだけ。ひょっとして、これがこの世界の常識なの?
今度は僕がデレックとネル様を交互に見る。そう言えば今回の騒動の発端は、御年六歳のネル様の縁談だったっけ。
「ほんとスジラドは賢い癖に、てんで常識に疎いんだから」
とネル様は呆れた。
「……それはそうと仔犬ちゃん」
今まで冗談めかして言っていたサンドラ先生が真顔になった。そして立ち上がりながらこう命令した。
「服を脱ぎなさい」





