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論功行賞-02

本日は0時6時18時21時の4回更新です。

●褒賞

 エッカート家の館の客間に僕とネル様と介添えのデレックの三人で入って、ネル様がドアを閉めると、ネル様のお父上は、

「スジラドか!」

 弾む声と共に立ち上がって僕の方に歩いて来た。


 お父上は僕の手を取り、

「良くぞネルを助けてくれた。礼を言うぞ」

 と頭を下げた。

「殿様それは御体面が……」

 とデレックが(くちばし)()れるがお父上は首を振り、

「良い。どうせ外には音は漏れぬ。ならば娘を救って貰った父として、頭を下げぬ道理はあるか! 相手がモノビトだろうと幼児だろうと、成した手柄に変わりは無い。スジラド殿、この通りだ」

 と、両手で僕の手を押し頂くように握り締めた。

 感謝の言葉が済むと、執務の机に戻ったお父上は天井から下がる紐をリズミカルにトントトトトンと、三度引いた。


「殿! お呼びでございますか?」

 隣の控えの間のドアが開き、一人の騎士が罷り越して膝を着いた。

「寄騎三家の方々をお呼びせよ。恩賞の立会人となって頂きたいと」

「はっ!」

 騎士は控えの間のドアへと消えて行く。お父上が厳かに、

「ネルにデレック。お前達も立会人になるのだ」

 と言うとデレックは片膝を着き、

「はっ! 承ります」

 と畏まる。

「スジラド。あんた何だか大袈裟なことになっちゃったね」

 今日初めて見るネル様の笑顔。


 小一時間ほどして、

「ロンディニーム家、タカスギ家、並びにタジマ家のご当主様がお見えになりました」

 これがカルディコットの寄騎三家。家臣ではなく、親分子分関係の貴族である寄子でも無い。あくまでもカルディコット伯爵家が盟主としての指揮権を持つ対等の盟友だ。

「我らを喚んだのは、(くだん)の恩賞の事か?」

 三人の内。この人厨二病? と思うような痛い装束を着けたおじさんが口を開いた。

「然り。我が娘を助け出した恩賞の立会人をお願いしたい」

 とお父上が答えると、

「心得た。信賞必罰は軍の要であるからな」

 鱗のような鎧を着けた騎士のおじさんが頷く。


「それにしても、我らに相場の三倍の公証人の代価を支払ってまで行う褒賞とは只事ではないな。ガキなら飴玉で良いと思うのだが。カルディコットの、お主はこの坊主に領地でも与えちまうのか?」

 くくくと笑うかなりヤンキーなおじさんが、僕の頭をわしわしとくしゃくしゃにした。


 護符サイズだが一切の削りが入って居ない羊皮紙に没食子インクで記された公文書。

 机の上の三枚は、何れも同じ文面が(したた)められていた。

 立会人の三人が次々に添え書きを行い、袖判に花押を記す。日付の所に皇室ならば国璽に当たるカルディコット伯の実印が押されている。

――――

 カルディコット家郎党スジラド

 任従騎士


 時維(ときこれ)参佰伍拾捌年肆月弐拾弐日


 禄 金参両 扶持壱人壱匹 与米壱石飼葉大麦弐佰伍拾石也

 カルディコット伯フィリップ宣[印紙の上に花押]


 立会人

 ・ロンディニーム子爵 シャウィンタ・イガー・ロンディニーム[花押]

 ・タカスギ子爵 ハルキ・タカスギ[花押]

 ・タジマ子爵 アゲイ・タジマ[花押]

――――

 サイズこそ大きめの護符の大きさだが、三枚の裏にお父上と僕の署名と血判が捺され、カルディコット伯の実印で三枚に割り印がなされた。


「一枚は帝都オリゾに奏し一枚は我が書庫に。そして残りの一枚はスジラド、お前が所持せよ」

 その一枚はお守りの様に錦の袋に入れられて、僕の首に掛けられる。

「これでお前はモノビトではない。小身なれども我が直臣。法的には貴族家当主ではないネルの婚約者達に兄弟口をも叩ける身分だぞ」

 からかうようにお父上が言う。いや家臣になったんだから殿と呼んだ方がいいのかな?

「当面はネルのお付きとして仕えて貰う。遣る事は今までと変わりないから安心せよ」

「はい」

「これからもネルをよろしく頼むぞ」

「畏まりました」

 僕は先程のデレックを真似て片膝を着く。


「聡い子であるな。まだ礼儀など教える歳に満たぬのに」

 とシャウィンタ卿。

「早くも蒙求(もうぎゅう)(さえず)るか。猪口才(ちょこざい)なと言いたい処だが、こう言うのは嫌いじゃない」

 ハルキ卿がにやりと笑う。

「カルディコットの。家にはひでーじゃじゃ馬だが娘がおってな。……婿にくれ」

 とアゲイ卿が軽口を叩くと、

「抜かせ。貴様にくれてやる位ならネルの婿にでも据えるわ」

 軽口で返す殿。すると益々言いたい放題になったアゲイ卿が

「おいおい。却下が早すぎるぞ。少しは俺様の話も聞け。

 流れ星に、連れと抱かれた娘が一緒に打たれた話は前にしたよな?

 娘を庇って大怪我した連れが、それが元でおっ死んじまってから、不憫で一緒に連れ歩いたのがそもそもの間違いだったんだ。

 女だてらに船を枕。ドレスなんぞ鮫に喰わしちまえと男の服しか着ねぇから。親の欲目にも男にしか見えんのだぞ。あいつが男だったらと何度思った事か。

 俺様譲りの怪力と連れ譲りの身軽さでちやほやされるものだから。あん馬鹿、調子こいて家中の若者やガキどもを力づくで締めやがった。

 今では『姫を跡目と認め姫の下知には従うが、娶れと言うなら叛逆するぞ』とまで言われる始末。こんガキ婿に寄越さねーんなら、誰か良い婿紹介しやがれ!」


 笑いに包まれる部屋の中。良く判らず首を傾げる僕にデレックが、

「どうしたスジラド」

 と聞いて来た。

「いや、読めるけど書いてることが判らないんだ」


『禄 金参両 扶持壱人壱匹 与米壱石飼葉大麦弐佰伍拾石也』

 これがどれほどの物か判らない。と指を差すと、

「騎士見習いになったスジラドに、給金として毎年金貨三枚をやる。それと年にオリザ一石と大麦二百五十石を月割りで、お前が雇うイヅチの食い扶持と乗馬一匹を養う飼い葉にする為に支給するって言う意味だ。金三両は月割りにすると銀一匁。まあ、サンピンと言って大の大人が騎士の務めを果たすにゃ最底辺の禄だが、未だ七つ前のこないだまでおむつしてたようなお子様にゃ、過ぎた褒美だぜ」

「家来を雇うと言っても……」

 僕、何をどうすれば良いのか判らないや。

「おいおいしっかりしろよ。お前はもう普段から乗馬を許され、一朝事ある時は主家から預かった十人程のイヅチの隊を指揮する資格のある身分なんだぞ」

 えーと。兵隊の位に直すと、予備少尉さん辺りなのかな?


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