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ネル様を助けろ-12

●我が事に非ず

 自分の身体が自分の物じゃない。一言で言えばそんな感じだ。

 振り上げたかと思えば斬って居て、受け流そうと思えば躱して斬り付けて、受けようと思えば切落して突いていた。


 岩を砕き岸を削る谷の早瀬がダムに至り、底に激しさを深く沈めてダムを満たすように、怒りが首より下に沈んで澄んで行く頭。

 足の指が足首が、膝が腿が鋭く痛み。腰が脇が背中が肩が、首や腕や手首に激しい電流が流れる。

 指が引きつり奥歯が軋み、肺は空気を求めて痙攣する。

 そんな代償と引き換えに繰り出す攻撃の数々は、敵の手を……いや指を攻めている。

 鎬で受けるそのままに、確実に切っ先は剣を持つ指を削っている。段々と剣の制御が怪しくなって来た。


「埒が明かないな」

 牽制の突きに合わせて指を削ると、敵はいきなり後方に飛んで距離を取り、撞木に開いた敵は剣をこちらに突き出すと手裏剣を、――いやあれは海軍のダークだね。――取り出して構えた。


『上手い!』

 普通、腕を振る時には最初僅かに反対に動いて反動を付ける。その前動作でダークを打ち、即座に本命のダークを打つ。長年の鍛錬のみから生まれる手練の(わざ)に、的である筈のスジラドは感動する。

 けれどもそれを払うように勝手に動いたスジラドの左手が、ダークを指に挟んで受け止めるや、続く動作で打ち返した。

 敵の肩口に刺さるダーク。そして信じられないと言う顔をする敵。

「スジラド凄い!」

 ネル様の声が響く。うん。僕も信じられないよ。


 だってあれはただ投擲したんじゃない。歴とした手裏剣の打ち方だ。

 最初は線に見えるダークが四半回転しながら飛来するから、段々と短く成って当たる直前には点に成って姿を隠す。目が速さを捉えたとしても見失う仕組みだ。さらに見えていても反応出来る速さではない。

 野球を思い出して欲しい。十八メートル強の間合いで三割打てれば一流打者だ。七、八メートル。あるいはそれ以下の間合いで打たれる手裏剣は単純計算で体感スピードは倍以上。人の反応限界に挑戦するスピードになる。


『そう言えば、こんな感覚前にもあったな』

 思い出したのは別の世界の僕の記憶。確か小学二年生で逆上がり覚えて暫く経った頃だったっけ?

 大休みに鉄棒で足が頭の高さを超えるほど大きく身体を揺すって遊んでいた時、勢いが付いた弾みで腕を立てたまま、空中でくるんくるんと連続三回逆上がりが出来てしまったことが有る。

 腕立て後転と言う技だと知ったのは後の事。やった自分が何をしたのか理解出来ていなかった。地面に降りて皆の喝さいを浴びたけれど、その時と同じような感じだよ。


 味わったことの無い妙な感覚で動く身体。スジラドは、痛む節々の事も忘れて戦いに身を任せた。


 一方、賊は本当に焦っていた。免許皆伝の俺様が、こんなチビ助のガキに甚振られている。

『嘘だろ。あり得ない。こんなことなどありえない』

 斬り付ければ指を削られ、ダークを打てば自分に刺さる。余りにも理不尽な現実に、嘘だ嘘だこれは夢に違いないと悲鳴を上げる賊の肝。想像を超える目の前の幼児の実力は、否定したくとも不可能な事実だった。


「ば、化け物め!」

 滅茶苦茶にダークを打ち放てば、それが尽く自分に返って来る。

 もう限界だった。


 そんな賊の内心など知る由もないネルの目には、

『あれがスジラド? 昔っから肝が据わってるけど、あんなに強かったっけ?』

 偶にモーリ師匠が見せてくれる物凄い(わざ)と比べても見劣りしない凄い子に見えていた。


『下働きの()達は、男の子を大好きになるとどきどきするって言ってたけど。ひょっとしてあたしってば、スジラドが大好きなの?』

 無い無いそれは無いと思いながらも、否定できない胸の高鳴り。

 刃を首に突き付けられて、もう駄目なのかなって心が折れかけた時。一瞬の間に間合いを詰めて人攫いに斬り付けたスジラドが、自分のピンチに神様が遣わした無敵の英雄のように輝いて見えた。

 そして少し落ち着いた今、

『そりゃあ、顔立ち整ってるし。ちっちゃい頃から全然泣かない強い子だったけど……。スジラドが英雄? まさかぁ~』

 と何度も否定してはみるものの。さっきからのどきどきが、ネルの胸の中で鬼ごっこしている。

 殊に、人攫いの打つダークが次の瞬間には人攫いの身体に刺さって居るなんて、将に神業としか思えない。


 とうとう人攫いは諦めた。剣を突き出したままトントンと小刻みに後ろに跳んで出入口近くまで移動すると、

 ピィーと甲高い呼子笛を吹き鳴らした。

 悲鳴のように響き渡る呼子笛。沢山の足音が近づいて来る。


「くそ! 気を付けろ! 新手が来るぞ」

 デレックは再び前に出た。


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