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ネル様を助けろ-11

●ライトの(おそ)

 凄い人です。とライトは思う。ネル殿と変わらないか年下なのに恐るべき剣の遣い手と。

『あの強さなら、人攫い達を殲滅して、最初に助けられたかも知れません』

 だから助けに来た時、デレックはあんなにスジラドを責めたのだろうと考えを巡らせる。


『いや。腕は立っても多勢に無勢。さっきみたいに人質を取られる事を防げませんね』

 そう考えると、却ってスジラドの聡明さが見えて来た。

『僕の歳でも、いや、父上と同じ歳でもあれだけの遣い手は滅多に居ません。僕だったら、剣でなんでも解決出来ると思いあがってしまいそうですよ。事実、剣を学んだことも無い賊相手に無双して、ワクワクしたのは事実ですから』


 多数を庇いながら戦う事の難しさに思い至ったライトは、モノビトだと聞いているスジラドに混じりけの無い尊敬を覚えた。自分は貴族子弟の身にありながら敵わないや、とさえ思った。

『それに今の襲撃騒ぎ。スジラド殿(・・)が集めた手勢に依るものですよね。よくもまあモノビトの身で、しかもあの幼さで人攫い共の隠れ家を混乱させるだけの戦力を集め、襲撃作戦を成功させたものです』

 ライトの中でスジラドは、古今無双の英雄のように膨れ上がっていた。


●デレックの(おそ)

「嘘だろ?」

 デレックは口走る。その声には感動よりも恐怖の彩が沁み出していた。

 あんなにスジラドが強い訳がない。チビだから力も弱いし、剣を学んだ年月も俺はあいつの倍はある。

 日々の鍛錬だって、まだお遊戯の延長で師匠が教えているスジラドとは、密度や覚悟が違う筈だ。

 だが思いとは裏腹に認めざるを得ない。最初の一閃で利き腕を殺して居ると言う事実を。

 籠手が邪魔しなければ、スジラドの剣はあいつの腕の腱を断ち切っていたはずだ。いや、もしかしたら腕を切落していた可能性すらある。それほど恐ろしい一撃だった。

 現に賊がスジラドを警戒しまくったせいで、こうしてネル様を取り戻せたのだから。


「……綺麗だ」

 言ってデレックははっとした。スジラドが抜いた宝剣が、本当に美しく彼の目に映ったからだ。

 ネル様の婿の印の宝剣は代々女系で伝わる宝剣で、スジラドが抜くまで作り話だと思って居たけれど伝説の勇者が携えし八種(やくさ)の神器の一つで、鋼はおろか神銀(ミスリル)神金(オリハルコン)。果ては怨霊すら断ち切ったと伝えられる降魔の(つるぎ)の一振りだ。

『確か八種の神器の内、宝剣は三つだったっけ? 確か、銀河に彗星に月光……』

 思い描くだけで心が加速する。腕に脚に不思議な力が湧いて来る。

――――

 義に拠りて 剣執(つるぎと)る身の モリビトは

 今ぞい()かん 玉と散るとも

――――

 脳裏に古の詩歌が浮かんだ。

『三勇士の一人とは言わねー。せめてあの三十七の勇士達のように、撰ばれし英雄の下に馳せ参じ名を後の世に留められるなら、俺は死んでも構わねー』

 と、そこまで思いを巡らせた時、

「って、俺。敵を前に何考えてるんだ?」

 いつしか、英雄の下にはせ参じた勇士の一人に自分を重ねていたのだと、デレックは自覚する。

『大体これって、俺が馬を繋ぐのは俺より弱っちいスジラドに成っちまうよな』

 無い無いと首を振り、敵を睨む。


 幸い、賊は酷く慎重になっている様子だ。今のデレックの隙に付け入らぬくらい。


●ネルの恐れ

「……綺麗」

 期せずして、ネルの唇もデレックと同じ言葉を紡ぎ出した。

 けれど見ているのは剣では無い。お子様で弟分だと思って居たスジラドの凛々しい姿をだ。

 スジラドはデレック達がネルを取り戻してから、あまり積極的に攻撃してはいない。しかし師匠と変わらぬ巧みな剣使いの攻撃を、僅かな動きで制している。

 いや。終始あの男が攻めているけれど、

 キィーン! カッカキン! 鉄火を散らせる二人の闘い。


 大小二つの刃を操る大男と、宝剣を執る子供。斬り付けて来る男の剣を、下から迎え打ち宝剣の横に少し膨らんだ部分で受け、その動作の流れでそのまま男を襲うスジラドの剣。それを男のもう一方の剣が辛うじて受け止めてた。

 それが実行可能なのはネルが見ても良く判る。男はあれだけの腕前を持ちながら腰が引けていたからだ。今のはもしも欲を出して居たら、受けが間に合わずスジラドの剣が二の腕を削っていたに違いない。


 男の剣が白い虹のように煌めくと、スジラドの剣は西日が照り付けるかのように切落して急所に迫る。それを男が辛うじて受け止める。

 あるいは、隙あらば突出した身体の端に削りを掛けるスジラドに、わざと膝や肘を囮にして誘いこむ男。

 そんな高度な駆け引きが続く。どちらも素振りをしているかのように軸がブレず舞うように美しい。


 ライトの攻撃もデレックの牽制も、スジラド達にとっては大したことの無い雑音のようにネルには見えた。

 そんな死の舞踊を繰り広げて五分余り。今なお二人の闘いは均衡を保ったままだ。


 ネルは半分スジラドの闘いに見惚れてながら、半分恐怖に圧し潰されそうになっていた。

 今は互角以上に戦って居るけれど、スジラドは自分よりもちゃっちな子供なのだ。そして、もしもスジラドが負けたなら、自分はまた人攫い達の(とりこ)に成る。だってデレックもライトも全然頼りにならないのだから。

 期待と不安に、ネルの心は滝壷の木の葉のように翻弄されていた。


「埒が明かないな」

 攻めると見せて大きく後ろに跳んで間合いを外した大男は、左手の短い剣を鞘に仕舞うと代わりに太釘のような投げナイフを何本も取り出し、右の剣を突き出し左手を肩の高さ、足を撞木に開いて右半身に構えた。


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