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ネル様を助けろ-10

●スジラド無双

 壁に叩き付けられたスジラドが、反動で前に倒れたかた思った瞬間、ふっと掻き消えた。

「うっ!」

 突然、賊の腕から血煙が上がった。いつの間にか賊の近くに居たスジラドが、斬り付けたのだ。


「あれ……なん……なん……ですか」

 息の吸えぬ苦しみの中、ライトは感嘆の声を上げる。

 賊に鎧袖一触に吹き飛ばされたスジラドが、いつの間にかネル殿の婿の証である宝剣を手にして、しかも絶対抜けぬ筈の剣を抜いて斬り付けていたのだから。


「なんて剣だ……」

 立ちたくても身体が言う事を聞いてくれず、立ち上がれないままデレックは戸惑う。

 切っ先だけ両刃の片刃の剣。賊に向けて突き出された剣がゆっくりと錐揉みに回転すると、鏡のように磨き上げられた身が周りに溶け込むかのように見えなくなったからだ。


 斬り付けられた賊も、あり得ない事態に取り乱し気味。なぜなら膂力も技量も取るに足りない幼子が、いつの間にか籠手を切り裂き自分に手傷を与えていたからだ。あまつさえ、抜けぬ筈の宝剣を抜き放って。

 驚愕が収まると今度は背筋に寒気を感じた。なぜならば斬られた場所は右腕の腱のある所。籠手がなければ動かなくなって仕舞っていたのは間違いない。

(わっぱ)、うぬは何だ」

 思わずした誰何に答えは返らない。


 だが一番驚いているのは斬り付けたスジラド本人だった。

 自分の意思に関係なく動く身体と、いつの間にか手にある剣。

『これ確か、ネル様のお婿さんに成る人の証なんだよね』

 動転が極まった上、自分の意思では何も出来ないせいなのか、妙に落ち着いて来るスジラドの心。

『あ、デレックがしゃんと立ち上がった。ライトの目の色が変わってる』

 見えない位置であるはずなのに、ハッキリとスジラドは認識した。今の彼は将棋の盤面を俯瞰しているかのように、周囲の状況が把握出来た。


 ネルが目だけでスジラドの方を伺うと、いつもの彼とは違う事が一目で見取れる。

 目玉を動かしてデレックを見ると、生まれたばかりの仔鹿のように足をプルプルさせて立ち上がろうとしている。ライトを見ると肩で息をしながらやっとのことで剣を構えようとしていた。

 賊の注意は明らかに、自分ではなくスジラドの方に向けられており、喉元に突き付けられていた刃も切っ先がスジラドへと向けられている。


 賊は焦って、

「来るな。こいつを刺すぞ」

 と呼ばわるが、スジラドの目はどこを見ているのか判らない。

「ちぃっ!」

 舌打ちした賊は、疾風のように斬り付けられた一撃目を躱したものの、直後に角度を変えて引き戻した二撃目をネルに突き付けていた刃で弾き、辛うじて防ぐ。

「眉間狙いから頸の血脈への斬り返し。うぬは本当に(わっぱ)なのか!」

 けれどスジラドは相変らずどこを見ているのか判らない目で、剣先を小鳥の尾のように震わせている。


 賊の視界から外れた場所で、漸くデレックとライトが戦える状態に回復した。

 二人はどちらも両手で剣を構え、賊の隙を伺っている。

『今だわ!』

 すっかり賊の意識から外れてしまったネルが、思いっきり賊の腕に薄く鋭い子供の歯を突き立てた。

「痛ぅ! しまった!」

 その隙にネルが思いっきり身体を沈めると同時に、

「ネル殿が危ないんだよぉ!」

 追い縋るライトが肉薄する。賊のネルへの追撃がライトの剣で逸らされその隙に、ネルは押さえつけられていた腕の外側に転がるように離脱する。

 そしてネルと賊の間に、デレックが割り込みを掛け成功した。


 先程と正反対にライトが前に出て賊の剣を止め、ネルを護るデレックが後ろに控える態勢だ。

 なんとか人質は取り返した。だが、ライトもデレックもやっとの所で剣を構えている状態にしか過ぎない。

 万全の状態でさえ敵わなかったのだから、ボロボロの今は勝てる訳がない。けれども二人の闘志だけは、前にも増して高まって行く。


 今にも折れそうなネル・デレック・ライトの心は、この状況を作り出したスジラドに期待を掛けている。そして賊の警戒も、護りに入ったデレックとライトではなく、スジラドへとその大半が向けられていた。


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