ネル様を助けろ-03
本日は0時6時18時21時の4回更新です。
●雉火との契約
つーんと澄んだ空。ひんやりと夜風が辺りを包む中、星明かりが大地を照らす。
下草は露を帯び、息が白く見える宵。逃亡の時と同じく、発見を警戒して火を焚いていないから寒さが堪える。
皆の寝息が聞こえる中、交代で不寝番をしているのが僕を含めた三人。
一人は天秤棒のリョウタで、最後の一人がアン。
「女の子、あたい一人だからね」
首を動かす彼女の視線の先で、他の子供達がいつものように球を造るが如く一つに固まって眠っている。
「流石に女の子が一人だけであれに混じったら、お嫁に行けなくなっちまうよ」
竦め恥じらって見せる。
「おめー。いまさらじゃねーか? 嫁の貰い手いねーのは」
ヒュン! と音を立てて飛来した物が、トスっとリョウタの後ろの樹に突き刺さった。
金槌を当てる所がL字型になって居る太く長い鉄釘である。
「危ねーな」
「も一つ鼻の穴を増やして貰いたい? デリカシーがないと、あんた嫁の来てが無いよ」
そこへ、
「夫婦喧嘩はそこまでにしたら?」
目を瞑って目を休ませていた僕が言うと、
「「誰が夫婦よ(でぃ)!」」
息もぴったり。流石他の仔達から
「お前ら夫婦に成っちまえ!」
と言われる二人だ。
そんな二人の声がいきなり消えた。いや、沈黙の魔法が掛けられた訳ではなくて。二人は膝を着く様に崩れると一瞬正座をする形になって、それから前に突っ伏す様に倒れた。
「誰っ!」
気配を感じて誰何すると。いつの間にかそこに居たのは、左肩に真っ黒い鳥を止まらせたサンジさん。
鳥の目玉だけが猫の様に光っている。
「いやあ。スジラド君。助けに行くのかい?」
「うん。だって二人を置いて来ちゃったんだもん」
「あの二人は君の何だい」
「……」
言われて戸惑った。仲間と言うには対等じゃない。僕はネル様のモノビトだ。
「言葉に詰まられても困るよ。君に手を貸していいのかどうか判らないからね。このまま見捨てて逃げちゃって、自由の身になるって選択もあるんだよね。問題ないよう後の始末は着けてあげるし、その後の事なら私が算段してもいいよ」
「あ、いや……」
始末って何? 始末って。
「ふふふっ。自由よりネルって子を選ぶってことは、大事な人かい?」
「う~ん。それは……」
ネル様は、威張りん坊だけど悪い子じゃない。幼いながらも主として相応しい振舞いをしようと頑張っている。そんなネル様を可愛いって何度も思って来た。
サンジさんは、五分ばかり面白そうに僕の顔を覗き込んでいたけれど。
「判った。助けに行くと言うんなら、力を貸すのは吝かじゃないよ」
と言い、左肩から右手の甲に移した真っ黒い鳥を、手を伸ばして僕の左肩の手前に持って来る。
そして言った。
「こいつは『チカ』こう見えても鳥型の魔物だ。御書の君たるイクイェヂ・ホート・マーメィが選びし民と契約を結びし一族の者で、君に運命と戦う覚悟があるなら契約をしてくれる。彼は稚き者の護り手でもあるから、子供の今なら簡単に済ませられるよ」
「どうするの?」
恐る恐る尋ねると、
「これを左手の人差し指に着けて契約の言葉を道い、宙にこいつの真名で名を描きながら真の名で呼んで君の身体を啄ませ、ほんの少しの血肉を与えるのさ。それで契約は完了だよ」
サンジさんは、僕に剣を咥えたライオンの紋章が刻まれた指輪を手渡した。
「指輪は固いけれど、紋章を傷付けぬよう内側になるように嵌めてね。そうそうそれでいいんだ」
「じゃあ。契約の言葉は覚えたね」
「はい」
答えた僕は教わった通りの言葉を紡ぐ。
「御書の君が目、焔の翼ウラート・イネトコ・ナカーツたるチカよ」
チカの名前を唱えると同時に、空中に漢字で『雉火』と記した。そして続く言葉を道う。
「御法の君は汝を知らせと言寄さす。
今ここに、我が血の血と肉の肉を以って盟を刻まん。
我が名はスジラド。言寄さす者が御裔なり」
言い終えた時、
「ケーン!」
高く啼いたチカは、僕の左肩を啄んだ。





