ネル様を助けろ-02
●伯楽
スラムの子供達にとって、ネル様から貰た蜂蜜の恩は大きいらしく、囚われていた子達の五倍以上の子供達が力を貸してくれることになった。
と言っても、人攫いのアジトに殴り込もうとまで言っている子は殆ど年嵩の男の子達。女の子はアン一人だけだ。他の女の子や小さい子達にも、同行以外の方法で協力を頼んだら快諾してくれた。
「まだ使える荷馬車があるよ。炭屋のおじさん、商売大きくしたくてもっと沢山積めるのを欲しがっているけどお金が足りないんだ。今直ぐお金払うんなら新品の半分の半分で売ってくれるよ」
「手ぬぐい? 何に使うの? え? 丈夫なら雑巾に降ろすような奴でもいいの? どれくらい? ああ、その位だったら屑屋の親方に鐚銭十枚も払えば、街のゴミ捨て場から拾って来れるよ。え? 細い縄? 古いお椀? そんなもんあれば一緒に拾って来るさ」
「河で大人の指二本くらいの丸い小石を拾って来るの? 任せといて!」
「古くて腐り切ったお肉? そんなもんどうするの? 食べれないよ。それに腐る前に食べちゃうから滅多に無いよ。え? ネズミの死骸? 食べたら病気に為るから誰も食べないけど……。うん、判った。見つけて来るね」
古人曰く。貴族の事は貴族に任せ、スラムの事はスラムに任せよ、と言う。手を貸してくれた子供達のお陰で、殆どお金を使わずに準備が整った。
一番高かったのはアンが手配して来た黒鹿毛の仔馬。なんと牧童の目を盗んで牝馬を孕ませた野生馬の血を引く仔馬だ。
人間以上に血統を重んじるのが馬である。牧場的には価値が低いらしく、やっと乳離れしたばかりの仔馬を相場の半分未満で手に入れる事が出来た。
一応母方の血は血統正しき軍馬だから、元々勇敢で気が荒い。おまけにまだ去勢はされていないから特別癇の強い仔だと聞いていたが、不思議とアンや女の子達の言う事はよく聞く。
しかもまだ乳離れしたばかりなのに、大人の馬よりも脚も速く力もうんと強い。
「こんな凄い馬が、あんなに安く?」
今僕の目は真ん丸になっているんだろうな。
「ね。お買い得でしょ? あたい、この仔が大人の駿馬よりも早く走るのを見てたんだよ。力だって凄いんだから。それでこの仔を連れて来たの。多分、お父さんが物凄い馬だったのよ」
得意げにアンが言う。
「この仔を売ってくれた人って、全然見る目が無いんだね」
と僕が口にすると、
「だって世の中、血筋でしか物事判断出来ない人達が多いもん」
「あはは。そうだね」
でもそれが望外の幸運。あとは……こいつが僕を乗せてくれるかどうかだ。
「案ずるより産むが易かぁ」
僕の心配は肩透かしされた。
「ネル様を助けるためなの。スジラドをあんたの背中に乗せて」
アンがお願いすると、まるで乗馬の稽古に使う訓練された馬の様に、僕に背を許してくれた。
コトコトと荷馬車は進む。車は鉄輪を嵌めた木の車輪に鉄の車軸、それに簀子の台を乗せただけの簡素な造りだ。
牽くのは緑目が可愛い黒鹿毛の仔馬。名前は未だ無い。背中に鞍代わりの布を敷き、組紐と手拭いで作った鐙を掛けている。
僕達の半分は荷物と一緒に車に乗って半数が歩き。今はアンが仔馬の轡を執っている。
「そろそろ交代か?」
真新しい商売道具の天秤棒の表面を車の上で扱いているリョウタ聞いた。
交代で荷車に乗り休みながらだから、進む速さは大人並み。半日で着くとサンジさんが言った通り夕方までにはかなりの距離を稼ぎ、一昨日の野営地はもう直ぐだ。このペースで進むと、人攫いのアジトに到着する頃には夜も更けるだろう。
「いやもう少し先で野営するから」
僕が告げるとリョウタは首を傾げ、
「おいら。あんまし頭良くねーんだが。夜に仕掛けた方がよくねーのか?」
と、わざわざ朝を待つ訳を聞いて来た。
「僕一人ならね。夜の闘いは参加する人が増えれば増えるほど訓練が必要になるんだ。人攫いも僕達も不慣れなら、結局大人と子供の闘いになってしまうよ。その結果、僕一人で戦うよりも勝ち目が薄くなる。加えて戦う場所が人攫いの根拠地だもん。夜戦って勝てる訳がない。それより……」
そっと耳に打ち明けると、
「なるほどな。それで道々手頃な石や細い竹を採って来たんだ」
リョウタはぎゅっと天秤棒を握り込んだ。





