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カルディコットの兄弟-04

●竜虎相打たば

 どれくらい打ち合っただろう。二人は割れて用を為さなくなった円盾を捨て、グラディウスだけで戦っていた。

 鳴滝唸り鉄火散り、虚空を摩す刃の光。見物人の熱い眼差し、そして喧騒。

 疾風の様な速さなのに、一見ゆったり運ぶ体躯。全てが等速運動なのに、恐るべき加速を覚える。

 翔ぶが如く進む脚は、しっかりと大地を掴み。刃渡り八十五センチ重さ一キロ弱のグラディウスが、扇子の如く撃ち振られる。


「うぉぉぉぉっ!」

「すげー!」

 レベルの違う戦いに観衆達の熱が籠る。一瞬も逃すまいと目を見張り、血が滲むほど拳を握る。


 総じて機先を制しようと動くのが兄アイザック。堅く受けて返し技に繋げるのが弟フィン。これだけ激しく斬り結んで、どちらも体幹を小動もさせない。く足も(とま)る足も居つく事無く、流れる筆のように滑らかだ。

 皆アイザックの剣筋に目が行き、フィンの体捌きに目を止める。二人が描く軌跡は、さながら一幅(いっぷく)の絵のようだ。


「美しい」

「どちらも素晴らしい腕前だ」

「正に。舞は武に通ずとはこの事ぞ」

 見惚れる程の二人の腕前。これならどちらが勝とうと大事あるまい。と審判達は一息入れた。


「フィン! そろそろ決するぞ」

 アイザックが誘い、

「そうだね兄貴」

 フィンは応じる。兄弟は半歩退いた。


 アイザックは懐から一文取り出すと、

「鉛貨が落ちたら始めよう」

「承知!」

 その返事を待ってアイザックは、ピンと左手の親指で弾き上げる。

 銭が宙に舞う間に心技体を整える二人。

 兄アイザックは右手持ち、左半身の片手上段。誘い込んでの攻めダルマ。

 弟フィンは両手持ち、その切っ先を晴眼即ち兄の左目に向けた下段に構えた。


 一文銭が舞い降りて、カンと床を響かせた時。二人は同時に動き出す。

 その時だった。

「何をやって居られるのか!」

 当主フィリップがネル達に付けた指南役が声を響かせた。


 大方の意識が逸れた時、キーン! と甲高い音が響き渡る。

「お見事!」

 主審タカスギ子爵の判定は引き分け。

 上から斬り下ろしたアイザックの剣が床を斬り、下から突き上げたフィンの剣の鍔がアイザックの首の後ろに流れて居た。

「よもや相抜けとはな。それも若者同士とは珍しい」

「高いレベルで実力伯仲の時のみあるとは聞いているが……」


 アイザックとフィンが仕掛けたのは切り落とし。それは攻防一体の(わざ)である。相手の繰り出す剣と交差させ、軌道を逸らせつつ攻撃を決めるのだ。

 これを高レベルで実力伯仲する者達が、双方同時に試みた時。どちらの剣も相手の身体を外されると言う稀なケースがある。

 双方の攻撃が決まる相討ちに似ているが似て非なるもの。どちらの攻撃も軌道を逸らされ抜けてしまう為、相抜けと言われる珍しいものだった。


 兄弟の武に優劣無し。

「「「おぉう~!」」」

 沸き上がる喚声に場が高揚する。その興奮の醒める間も無く。

 カラーン。音を立ててフィンの剣が床に落ちた。

 右手の小指を押さえて蹲るフィン。

「フィ~~ン!」

 歓声はアイザックの悲痛な叫びに書き消された。


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