心の旅路-1
●小児病棟
小児病棟の案内盤は全部平仮名で書かれている。
「じび科にいんこう……。え? 淫行科ぁ?
あ、ああ咽喉科、咽喉を扱うお医者さんね。もう! びっくりしたわよ」
かなだとどうしても違う意味にも読めてしまう。
「内科ぁ~外科ぁ~。しょうがないかぁ~」
茶化しているのは上級生の男の子。あんた達、それおやじギャグだよ。
五年六年のお兄さんでもこの程度。ほんと男の子達ってお子様なんだから。
歯科のお隣が口腔外科か。病院って上手く作ってるわね。
「よう。ようこちゃん」
ちょっといたずらっぽく、幼稚園の子に話しかけるのは少し声の低いお兄さん。えーっと、いつも病棟のプレイルームを仕切ってくれている中学生のお兄さんだよね。
「中庭で、良い物見つけたんだ。ここらじゃ珍しい虫だけど。見る?」
「ダンゴムシ?」
「あのね……それはね……。カマキリの卵!」
「見る! レイちゃん見る!」
ふふっ。あたしもあのくらいの頃は、中学生のお兄さんが王子様に見えたっけ。
人を子ども扱いするお子様な小学生とは全然違う紳士に見えた。
スキップして付いて行く幼稚園の子。いつか来た道と、大福餅を頬張ったような甘い幸せの匂いがそよぐ。
夕暮れの図書館を歩く様な、そんな眩しくもおセンチな雰囲気に引きずられて歩いていると。
トン。誰かにぶつかった。まるで1960年代の少女漫画の出会いのシーンのように。
「お嬢ちゃん大丈夫?」
気遣ってくれるのは大人の女の人。その人はあたしを見るなり、
「ネル? ネルさんなの?」
と、口にした。
「あたし、そんな名前じゃないわよ」
と返したものの、なぜかネルと呼ばれてちょっと嬉しい。
何度も呼ばれるうちに、
「ネル……ネルねぇ。ネルネルネルネル、ネルネルネルネ……」
あれ? どこかで呼ばれたような。
霧の掛ったおぼろげな記憶。ココアのように優しい
ネルと言うのが自分の事だと考えた瞬間、はっと記憶が甦って来た。
そして自分がネルと呼ばれる事が嬉しかった。
「あなた。何で知ってるのよ。それにここって、どこなのよ」
イライラをぶつけちゃって悪いんだけれど。なんでかこうなっちゃうのよね。
「だいたい。あたしあんたと初めて会うんだよ。なんであたしの事知ってるの。なんであたしをネルって呼ぶのよ」
気持ちが昂ると涙が出ちゃった。
すると大人の女の人は。
「私も良く判らないんだけれど」
と断りを入れた上で、
「私はケットシーの巫女。ここに来る前になんともネルさんと会っているわ。
そしてここはスジラドお兄ちゃんが元居た世界。ううん。それによく似た世界みたいよ」
と教えてくれた。
「え? 元居た世界じゃないの?」
「だって、お兄ちゃん。死んでネルさんの世界に生まれ変わったのよ。
生きているって言う事は、似てる別の世界だってことじゃない」
あたし、この人が言っていることが良く判らない。
無言で話を聞いていると、
「正直言って私。ここが現実の世界なのか、それともお兄ちゃんの前世の記憶が生み出した思念の中の世界なのかも判らないの」
あたしはまどろっこしい事をすっとばす。
「じゃあ、スジラドは今どこに居るのよ?」
するとケットシーの巫女は
「この世界では、事故で気を失って、最近目を覚ましたことになってるわ」
そして問う。
「逢いたい?」
この人。どこにいるのか知ってるんだ。思わず、
「うん」
と子供っぽく答えてしまった。
あれぇ? でも今、あたし子供だよね。なんで子供っぽくって思ってしまったんだろう。
遅くなっています。すみません。
来週には戻したいなぁ。





