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カルディコットの兄弟-03

●焔と水と

「武術の優劣を競うのが本であるため。作法により無手と同寸の切っ先を丸めたグラディウスと一枚板の円盾のみを使い、攻撃魔法の使用はこれを禁ず。殺し合いではない為、主審一人副審二人の審判判定により勝負を決し、一言の異議も申さぬ事。結果の如何に関わらず、決した後は互いに遺恨無き事。これで宜しいか?」

 タカスギ子爵が、アイザックとフィンに確認する。

「不肖このわし、ハルキ・タカスギが主審を務めさせて頂く。副審のお二人には勝負の決した後、ロンディニーム殿がアイザック殿を、タジマ殿がフィン殿を、責任を持って引き剥がして頂きたい。逆上(のぼ)せた若者が制止を聞かぬことなど当たり前だからな」

「「心得た!」」

 副審の声が重なった。


 筋目と学問によって立つ刀筆の貴族とは異なり、弓の貴族は武に拠って立つ家だ。だからモリビトは頼り無しと侮られた者の下には着かない。

 例えば、当主の早すぎる死によって筋目で当主となった幼い遺児や、うつけな当主や文弱な当主を(あるじ)と戴くことがあっても。単に只のお飾りとして敬意を表するに留め、実際には頼れる者の下知に従うのだ。

 流石に累代の家臣や郎党達はそうそう主家を見捨てぬが、家来は主の主を知らずと言う言葉もある。直接自分が仕える主の言う事しか聞かないのだ。だから半農半武のイズチ辺りともなれば、簡単に他家の支配に乗り換えたりする。それがモリビトの社会で家を保つと言う事なのだから。


 作法通り、三メートル四方の白布(しらぎぬ)を敷き、東西に副審、北に主審が位置に着く。

 勝敗が定まるのは以下の通り。

 ――

 ・負け

  手傷を負って先に血で白布を染めた方。

  先に完全に敷布の外に出た方。

  攻撃を食らい動けなくなるなど、後は止めを待つばかりになった方。


 ・勝ち

  審判が、先に有効打を決めたと判断した方。

 ――

 必要とあれば身を以て止めれるよう、堅甲に身を固めた審判の姿が辺りに物々しい空気を作り上げていた。


「用意! 始め!」

 の声の下。盾を構え間合いを計る兄弟。

 致命傷を負い易い突きを軽減する為先を丸めた剣であるが、歩兵の戦列で用いる事が少なくとも、グラディウスとて切り裂く機能は当然持つ。鎧外れに掠めれば血を見ずには済まされない。いや刃も先も無い竹刀で有っても、突きで人は殺せるのだ。

 隙を伺う内、無意識に盾で身を護る為に右側に移動する。白布の外に出られぬ以上、二人はゆっくりと反時計回りに回り始めた。


「兄貴。ネルが行方不明なのに、こんなことしてて良いのかな」

「そうは言っても、俺たち兄弟が動く訳にもいかないだろう」

 今の所、二人に何の遺恨も無い事は、小声で交わされる会話を以っても明白だろう。しかし、同時に二人は一党の頭。配下の手前剣を交えざるを得ない。

 とは言え二人の心に忌避も無い。そもそも単純に力を試したいのが彼らの年頃。ラッパの音に勇み立つのが男の(さが)と言うものだ。


 二人とも武神アッバスを開祖とする同じ流派に学んだ為に、手の内は良く知り抜いている。

「やるなフィン」

「兄貴こそ」

 力量を計る為の剣先と視線の牽制を交わし、互いの起こりと狙いを読み合う三十秒が無音で過ぎた。


 ふっ。アイザックの姿が一瞬消えた。

 先制は兄の苛烈な突き、基本であり突き詰めれば奥義となる一撃だ。

 円盾を合わせ逸らすフィン。

 その動きから鮮やかな塗りで隠されている盾の板目を読んで、アイザックの手首に返しが入る。

 パカン! 割れて弾ける円盾の破片。刃先を板目と垂直に受けた筈だったが、今の返しで目に合わされた。もしもフィンが受け流し出来ずまともに受けていたら、今ので決まりだ。

「驚いたか! 俺の剣から火が出るぞ」

 アイザックの(いろ)は剛の剣。剛よく柔を断ち、力でねじ伏せる焔の剣。


 だがフィンは、突進する兄アイザックの出足を下段に構えた剣で襲う。

「浅い!」

 出足を止める為に膝を襲った攻撃を、主審は判定する。

 有効打では無いが、一瞬アイザックの動きを鈍らせる。そのままフィンは下から上へと打ち上げて二の突きを逸らすと、返す刃で角度を変えて切り降ろし。

 カッ! 傾斜のある角度で受けた盾の表面を、フィンの剣は滑らされた。

 そしてそのまま襲い来る盾の縁を、

 バン! フィンは小さくなった盾を打ち当てる。

 フィンの(いろ)は柔の剣。柔よく剛を制す水の剣。同じ流派に学びながら、二人の剣は対照的であった。


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