世界樹の跡-3
●原初の世界樹
「なによ。何も無いじゃない」
むすっとしてネルは不満の声を上げた。
「風の媛様」
幼子の様な甲高い声。声のする方を見ると。
「草と樹の魔物!」
思わずネルが矢を番えた異様な姿。
「媛よ。あれは一族の巫女だ」
慌ててセタは間に入る。
身体から枝葉や草を生やし近付いて来る人型の影。もしも現代の日本人がこれを見たら、ギリースーツだと答えるだろう。
巫女と呼ばれた娘は、ネルの前に来ると掌を下に向けて伸ばした指先を肘に着けるように腕を組んで、地面に両膝を着き、そのまま軽く一礼し立ち上がった。
「夢のお告げで今日、あなた様がお見えになる事は解っておりました。
里の象徴たる世界樹は新しき物で、ここは嘗てシャッコウたる世界樹が坐しました所。
邪神様の手で消え失せた原初の世界樹のあった場所にございます」
「原初の世界樹?」
何それ? と言う感じで鸚鵡返しするネル。
「シャッコウたる世界樹ですって!」
驚きの叫びを上げるシア。神官であるシアには、世界樹についての伝承知識があったからだ。
「その葉は、万病を癒し諸々の毒を消し致命傷をも回復させ、魂この世にあらば死者をも蘇らせると言われる、あの原初の世界樹なのですか?」
「はい。眞名をオハイゾ・ターク、もしくはユーアザ・ライヒ・チーツと仰せあそばし、太祖様もしくはシンノウ様と讃え奉る、薬と草木の神様にございます」
ネルが反応すると娘は大きく頷いた。
「へー。シュッコウって、必ずしも人の姿で降られるとは限らないと聞いてたけれど。
シンノウ様って樹だったんだ」
子供が寝物語に聞かされるおとぎ話。
生皮を剥がされた娘を傷一つない玉の肌に直したとか、虫や獣を追い払う草の種をもたらしたとか。腰が抜け足の萎えた男を、言葉一つで立てるようにしたとか。
次第に体が朽ちて行く、神の鞭とまで言われる恐ろしい病が、シンノウ様の衣の裾に触れただけで癒されたとか。
シンノウ様とは、人間に癒しの知識をもたらした薬の神様だ。
堅い樹で作り物の歯を拵えて与えられた老人は、その後三十年以上長生きしたとも言われている
「その神が昔、ここに坐されたわけ?」
身を乗り出すネルに巫女は、
「はい」
と答えた。
「遥か昔、邪神様が訪れて立ち去ってから一月の後。朝一族の者が目覚めると、跡地に大穴が開いていたと言い伝えます。
今では水が溜まって池に成っておりますが、この世の終りかと思うような大騒ぎがあったそうです。
世界樹は、当に森に生きる一族にとって守り神でしたから」
娘はそう言うと、
「こちらへ」
と背を向けて歩き出した。
時計回りに池の周りを廻り、池の対岸に着く。
その向こうに荊の生け垣があり、向かい合う二本の大樹が門を創っていた。
大樹は杉の木で、幹に動物の牙を加工したような鎌が突き刺さっており梢の上に突き出された槍から地面に、縄程の太さの黒い鎖が伸びている。
そして立札が一本。
――――
ここよりさきはせいなるちです
ここではきものをぬいでください
――――
「あはは。脱ぐのは掃き物よね?」
ネルは全て仮名で書かれた内容に苦笑する。
その立札の前で、娘はぱさっと服を脱ぎ捨てた。
付近には女の子ばかりとは言え、白い肌の色が眩しく輝いた。





