世界樹の跡-1
●あんた達ってエルフ?
ネル達は、枝視が一族の女に沢登りでびしょ濡れに成った服を預け、旅の汚れを落とす風呂をご馳走になる。
但し、風呂と言っても土を被せた室の中で、焼き石に水を掛けて蒸す蒸し風呂だ。そこで垢を掻き、泥を擦り付けて水路に浸かる水浴びを済ませると、
「濡れてたついでに洗濯しておいたよぉ。乾くまでこれを着ときなぁ」
一族の女性から、物凄く軽い布地の着替えを渡された。
「これは……」
目を丸くしたのはシアだった。
「里で織ってる布だよぉ。軽いけど風通しが良いのでねぇ。夏の着物だけんどよぉ」
何事も無いかのように手渡す。
「シア。どうしたの? しっかりして」
固まっているシアを、肩を掴んでネルが揺り動かすと
「エ、エルフ上布です」
「え? ええっ!」
ネルも半分固まった。
「どうしたの? エルフ上布って、なあに?」
クリスの疑問にネルは怒鳴る様に答える。
「エルフの里で作られる。正体不明の軽い布よ。これ、神殿や朝廷の夏の礼服に使われるものよ。あたしだって余所行きの一着しか持って居ないのよ。それをこんなに簡単に……」
「……その軽さ、風を纏うが如し」
シアの唇が吐き出す詩の一節。材料及び製法は不明なエルフしか作り出せない奇跡の布。
と言う事は、彼ら枝視が一族とはエルフだと言う事になる。
その衝撃も、
「ふぁ~。お姉ちゃん、もう眠いよ」
「ネル殿。私ももうクタクタです」
「そうね。寝ましょう」
皆の睡魔には勝てなかった。
思って居るより疲れが溜まって居たのだろう。風呂をご馳走された三人は、丸木小屋の中でフェルトを上に掛けて間も無く夢路を辿る。
明けて朝の晴天に、ネル達は里へと案内される。
案内は昨日同様壮年の男。名前はセタと言うらしい。他の者は狩りを続ける為に柵内に残った。
「うわぁ~綺麗」
クリスは思わず声を上げた。
昼頃着いた川の床は翡翠のように碧く輝いている。陽を浴びて刻々と色合いを変えるこの眺め。ここに帝都の風雅士が訪れれば、新しき詩の名所となる事請け合いである。
「綺麗だが、あれは死の川だ」
セタは笑う。
「死の川?」
「ああ。魚一匹住まわぬ川だ。杭を打てば直ぐに朽ち果て、礎石を置いても一月で溶ける。
だが、この川が里を災いから護っているのだ」
クリスの問いに答えるセタ。
「えー。また川の中を行くの?」
唇を尖らせるネルで有ったが、
「この道以外里に通じる道は無い」
こう言われてしまえば是非も無い。もしも他に道があったとしても、余所者の自分達に教える義理も無いからだ。
セタの言う通り、流れの穏やかな川は驚くほど澄んでいる。しかし小魚一匹見当たらない。
水清くして魚住まずとは言うけれど、確かにここは死の川だ。
こうして再び、ネル達は腰まで浸かる深さの川を進んで行く。やがて川はおにぎりの様な三角形の隧道に到った。
「何か臭いわね」
隧道に入ると殻を剥いたばかりのゆで卵の様な匂いがする。
「里への途中に巫女様の泉がある」
「巫女様の泉?」
聞き返すと案内人のセタは、
「ああ。巫女様が教えて下さった湯の湧き出る泉だ。里は泉の湯の流れ込んだこの死の川によって、疫神から守られている」
と答えた。
「疫神からの守り?」
「川には病の元は棲めぬ。それどころか鉄釘を浸せば溶かしてしまうほどだ」
この川の水その物が病を癒す薬なのだろう。
進むほどに臭さは増し、ゆで卵の臭いは腐った卵のようになり、
「ごほっ。ごほっ」
クリスが咳き込み始める頃には、川の水は汗ばむ程の熱を持っていた。
セタはまだまだ里は遠いと言う。
けれども長い長い隧道を抜けると、そこは当に別天地だった。





