エピローグ-02
●神剣を振う者
濛々と立ち昇る煙。濡れた藁の吐き出す煙に神殿の陣は霞む。
激しい矢の応酬も今は絶え、諸侯の騎士達が突撃を敢行していた。
馬車のすれ違う程しかない街道を、嵐の如く雪崩れ込む騎士。
滅びの笛を吹き鳴らして放たれるクロスボウのボルト。
嘶く軍馬の斃れる音に、鉄と鉄を打ち合わせる悲鳴。
切り結ぶ剣が鉄火を散らし、圧し折れる槍が怒りの咆哮を天に響かせる。
沼畑に落ちて飲み込まれる兵や、串刺しになって果てる騎士。矢戦の始まりから数えて、二度目の膠着状態が訪れた時、それまで冷静に指揮を執っていたデレックに異変が起きた。
「うぉぉぉぉ~!」
狼の遠吠えか? それとも魔物の雄叫びか?
余の者が止める暇も無く、徒歩で飛び出したデレックが、焔の様な激しさで敵を切り裂いて行く。
馬手差しの愛剣を腰に据えたまま、大盾と数打ちのグラディウスを構え突撃する。
体当たりに楯をぶつけ敵を沼畑に突き落とし、揉み合いの様な白兵戦。楯を損じながら前へ出る。
破損が限界を超えると、楯を打ち捨ててくるりと回りながら槍を交わし、鎖骨の間にグラディウスを突き通し。槍をもぎ取り投げ放ち。剣を奪い取るや肩に担ぎ、すれ違いざまに騎士の素っ首を掠め斬った。
噴き出す返り血も浴びぬ速さで突出するデリック。鎖を断ち板金の上から腰骨を砕き、その勲しは、敵が慌てて途を開けるほど。この混乱で沼畑に落ちてた騎士が鎧の重みで沈んで行く。必死に道にしがみ付いて抗う騎士に、デレックを止める術は無い。
まっしぐらに駆け抜けて、飛び込んだのは敵の陣。沼畑に挟まれた街道を駆け抜けたデレックは、開けた石原に陣を構える敵の領軍の只中へと雪崩れ込んだ。
「弓の射手!」
敵将の声にはっとなった弓兵。
「軽装なり! 味方ごと射よ!」
その声に再び矢の雨が浴びせられる。騎士の鎧ならば、怪我は負うだろうが死ぬ危険は少ない。そう看破しての判断だ。事実、それで矢切りを強いられるデレックの突撃は鈍った。
「ちっ。囲まれたか」
矢切りに取られた僅かな時間。ここは動きに制約の有る隘路では無く、退く空間が存在する平地だった。
退いた空間を埋めるのは、隊伍を組んで連ねた槍衾。塞がれぬのは、沼畑のある方向のみ。
「まだまだだ」
槍衾を前にデレックは、サンドラ先生から授かった愛剣を抜き放った。
抜きつつ払う一閃で、草を刈る鎌の如く剣は走る。
ポタリポタリと地に落ちる穂先。その間に割り込むと次は首が落ちる番。
最初の何人かが討ち死にすると、敵はさらに後退し、陣形を立て直す。
百人程度ならば、一人の豪傑の活躍が並みの武人達を凌駕する。
この時敵陣はデレックの武に飲み込まれた。
しかし。武勇も鉄の意志もいつかは尽きる。矢には限りがあり、刃は鈍り穂先も次第に損じて行く。
盾を割り堅甲を貫く名剣と、手練の技を以てしても。繰り出される新手に膠着し、そして次第に劣勢と成って行く。
当初返り血も浴びなかったデレックも今や血まみれ。その血も次第に敵の血から自分の血へと変移して行く。
敵将を目の前にして、停止したデレックは、
「はぁっ、はぁっ」
息が切れる。
「ぜーっぜーっ」
喉が渇く。
どきんどきんと脈が速くなり、がくがくと足が震えるのが、誰の目にも明らかになった。
それでも嵩に掛かって攻めて来ないのは、デレックの今までの戦働きの為。
早晩討てるだろうが、まだ戦う力を残している。
こう言う時は慎重になるものだ。なんとなれば、勝ち戦で死ぬこと程、馬鹿らしいものは無い。敵が勝利を確信したからこそ、デレックは今生きている。
繰り出す横からの槍衾。切り払う剣。入り込もうとするデレックを襲う別の槍衾。
最早、デレックの剣は血を啜る事無く、新手の入れ替わりや武器の交換を許してしまうまでに衰えた。
「エッカートの若き獅子よ!」
敵将が呼ばわった。
「せめてもの手向けだ。俺自らが討ち取ってくれよう」
ハルバードを担い馬を降りる敵将。さっと槍衾が開き、道を作った。
将と呼ばれるからには、武勇に優れし者であろう。腕前がからっきしで知略に優れるタイプも居るが、少なくとも彼はそうじゃない。
なぜならば、そう言う奴なら決してこの局面で一騎打ちを申し込んで来るはずがないからだ。
「すまねーな。大将自らお出ましになるとはな」
デレックが華々しい討ち死にを覚悟したその時。
――――
どーどど みーど そーーど そーーど。
どーどど みーみ そーそそ そーーー。
――――
遠い角笛が、三拍子のメロディーを奏でた。
「「「わぁぁぁぁぁ!」」」」
鬨の声と共に、一団が横手から一斉に投槍を放って雪崩れ込んで来た。皆、鎧を付けぬ馬に跨った革の胴鎧のみを着けた軽装の騎馬兵だ。短槍で武装し革の仮面で素顔を隠している。
ぎょっとなる敵将。
デレックの突進に合わせて極端な配置を行っていた敵軍は、衣の仮縫いの糸を貫くようにバラバラになった。
「領主様! お逃げ下さい!」
急ぎ馬に載せた親衛隊長らしき騎士は、剣の平で思いっきり馬の尻を引っ叩いた。
敵を崩壊させデレックを救った正体不明の一団。その長は、一振りの剣を鞘ごと天に翳した。
「あれは!」
デレックには見覚えがあった。継承の剣その物だ。
仮面の一団の長は、それを見せつけるように抜き放つと、敵親衛隊の騎馬とすれ違いざまに振う。
抜く事が出来る者は一人しかいないはずのそれを抜き放ったのは消去法で一人だけネルの窮地を知りつつ戻らぬ、そんな友の名をデレックは叫ぶ。
「スジラドおおぉぉッ!」
戦場の喧騒に消えた友の名は虚しく消えた。
第六部完結。
所用で立て込む為、第七部に入る前に一月ほどお休みをいただきます。





