如何にぞ黙して-10
●微妙
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♪功の傷を 身に受けて ボロボロのこの 大盾は
柏の冠に 値する 柏の冠に 値する
戦う要 旗の下 その勇ましさ 勲しは
♪いざ雄々しくと 握る手で 世の男ども 功上げや
刃を巧みに 放ち打つ 刃を巧みに 放ち打つ
魂断つ長柄 山の牙 代々に語りな 今よりは
♪皆挙りぬを 聞きつけて 諸々のこと 世の風は
神舎の建つ地に 語り継ぐ 神舎の建つ地に 語り継ぐ
山成す屍 河の血や おお労しや 宮の庭
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竪琴を片手に、認めた一編の詩を歌う書記。俺にゃ詩の良し悪しは解らねーが、どうやらこちらが本業か? 口遊めば、やたらと語調の合う三連から成る。
「って! 何なんだよ。これ、俺も入ってるよなぁ」
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伯を護って大盾をボロボロにした功績は、
戦場で味方を窮地から救った者に与えられる柏の枝で作った冠を受け取るに値する。
戦う要でである伯の旗の下で見せた、その勇ましさと功績は。
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美化しまくりだが、第一連がどうやら俺。
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さあ勇ましく戦おうと握る手で、皆の者功名を上げよ。
刃を巧妙に打ち放つのは、必殺のグレイブに山の魔法。
今からずっと語り継ぎなさい。
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第二連は伯を歌ってる。
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諸侯が集まって戦ったことを聞きつけて、色々な噂が流れた。
神殿の建つ地に語り継ぐ、山積みになった死体と河のように流れた血。
おお痛ましいことだ神殿の前は。
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そして第三連は、今この場の事が噂となって流れたことになってやがる。
ミハラ伯爵は、戸惑っている俺の顔を見てにやりと笑った。
こんな恥ずかしい物を創って弘めさせようとするミハラ伯爵って……。
子供の時のネルに本気で恋愛感情を持っていたブルトン男爵公子も大概だが、伯の自己顕示欲も相当なもんだぜ。
「デレック殿」
神殿長の声で気が付くと、伯も公子もその他も、皆俺の顔をガン見している。
「な、なんだよ!」
怒鳴ると。
「今のは娘を嫁に出す父親の顔ですな」
「卿の言う通り、確かに……」
揃って失礼な事を言う二人。
「俺、まだ嫁も貰ってねーってのによぉ。それはねーだろ。恋人どころか手を出した女すら居ねーんだぞ」
あんまり自慢できることじゃねーがぶちまけた。するとつんつんと俺の背中を指で突く奴がいた。振り返ると俺達が神殿に連れて来た子の一人が立っている。
「ん? 誰かと思ったらミサキじゃねーか。どうした? ほっぺた突いて。俺の顔になんかついてんのか?」
首を傾げたらいきなりパチーンと平手打ち。
「行き成りなんだよ!」
このくれー痛くも痒くも無い。しかし何で叩くんだ?
「いったい俺が何をした」
「何もしないからだよ!」
「あのなミサキ。お前黙ってりゃ結構可愛いんだからよ」
あ、前にスジラドが言った通り、誉めるとこから入った方がこいつ素直だ。
小さい子の面倒見が良いとか、進んで作業をするとか。ミサキの美点を並べ立てた上で、
「その手が早ぇーのなんとしろ」
と叱ると、ミサキは大人しく。
「はい」
と頷いた。だが、
「直さねーと、仕舞いにゃ誰もお嫁に貰ってくれなくなるぞ。俺はそれが心配で心配で」
と言うと、
「あ痛っ! なにすんだよ」
思いっきり向う脛を蹴っ飛ばされ、
「兄貴の馬鹿!」
怒って走って行きやがった。
「デレック殿……」
なんか神殿長が俺を非難するかのように睨まれる。
「追い掛けずとも宜しいのか?」
なぜかブルトン男爵公子に言われたので、
「いや。こちらの話がおわってねーだろ」
と言うと、
「乳母子殿」
ミハラ伯爵からも、なぜか憐れむような眼差しを注がれた。
俺が何かしたのかよ?
ともあれ。どうやら俺が三枚目みてーになっちまって、ちょっとばかり不本意だが場が平和な笑いに包まれてから間も無く。
「ミハラ閣下! 一大事です!」
急を知らせる伝令が飛び込んで来た。
「伝令! 三原ヶ谷に所属不明の敵侵入! 伝令終わり!」
口辺に笑みを漂わせていたミハラ伯爵は、一転眦を決する。
そんな彼に駿馬を引いて手綱を渡す者があった。
「伯、これを!」
「すまぬ。一つ借りておく。
乳母子殿! 今はこれにて!」
取る者も取り敢えず駆けだす駿馬。一拍遅れてパラパラと後を追う家臣と寄り子達。
いったい何が起ってるんだよ。





