如何にぞ黙して-08
●返り忠
逃げ帰る雑兵をさっきの精兵が、槍先に掛け剣で打ち殺している。
あ、逃げるのを止めて回れ右。再びこっちに向かって動き出した。
奴らにとっちゃ、進むも地獄なら退くも地獄。同じ地獄ならば、生き延びれば褒美の有る分、こちらに向かって来るのは道理。こいつらを使い捨てて、俺達を消耗させる積りか。
但し、そんな方法で遣わした連中だ。こっちを斃す為じゃなく、自分が死なねーための戦いだから、精兵と遣り合うよりは遥かに凌ぎ易い。
結果。これだけ押し寄せて来るのに、こちらの被害は微々たるもの。失われて行くのは血ではなく汗に変わった。
時刻は既に昼近く。戦い続けて手足は棒だ。
こんな戦う気の少ない雑兵相手でなければ、とっくに俺達は討たれていた事だろう。
何度目か判らぬ撃退を成した時。隣のミハラ伯爵も、不敵な面構えに疲労困憊が浮かんでいた。
――――
どっどどみー どみドそーー。どっどどみー どみドそーー。
ドドドそドミミミ ドドドそドミミミ ソドドドドー。
ドドドそドミミミ ドドドそドミミミ ソドドドドー。
どっどどみー どみドそーー。どっどどみー どみドそーー。
ドドドそドミミミ ドドドそドミミミ ソドドドドー。
ドドドそドミミミ ドドドそドミミミ ソドドドドー。
どっどどみー どみドそーー。どっどどみー どみドそーー。
――――
角笛の音が遠く響く。
「いよいよ総攻撃か。俺の命は廉くねーぞ。後百、人! 痛ぇ~な。何すんだよ」
行き成りミハラ伯爵に尻を蹴っ飛ばされた。
「お前は目ばかりか、耳も悪いのか? あれはブルトン家の突撃ラッパだ」
「ええっ!」
ブルトン家と言やぁ、ネルの婚約者として現れた一人の実家だ。
「あの真正ロリコンかよ」
「無礼な奴だな。まあ確かに、当御年五歳のネル殿に本気で惚れた男ではあったが。
援軍を率いて敵本陣を突いてくれた奴を貶すのは止せ」
下がる雑兵を殺していた精兵達が、本陣の救援に向かって行く。
「押すぞ。今こそ」
俺にそう告げたミハラ伯爵は、どこに残していたのか判らねー戦声を張り上げて。
「勝つぞ! 皆殺しにしろぉ~!」
一拍置いて、
「「「うぉぉぉぉ!」」」
味方の雄叫びが高らかに響いた。
本陣を崩すブルトン家と競うように前進するミハラ伯爵の手勢。そして挙を共にする神殿騎士や諸侯と護衛。
「返り忠じゃぁ! 神殿に降伏しお味方する!」
こちらが有利と見て、叫ぶ陣場借りか雇い兵の一団。
「助命する。奉公せよ!
味方する者は兜を脱いで顔を晒せ! 鎧無き者は服を裂き、左を肌脱ぎにせよ!」
ミハラ伯爵の呼び掛けに応じ、兜を拭ぎ棄て服を裂いて寝返る者が連鎖的に増えた。
そしてこれらを含めた兵を用いて、羊を牧する犬のように寝返らぬ雑兵を追い立てながら諸共に、敵の備えを飲み込んだ。
●首謀者は誰
「返り忠の功を以て罰を免除します。皆様異議はございませんね」
「わしも二言は無い」
神殿長の裁定にミハラ伯爵も従う。返り忠を認めて免罪しなければならぬ程、こちらが追い詰められていたせいもある。
しかし、罰を免れても罪は罪。厳しく取り調べられたのは当たり前だ。
尋問で判ったのは、誰の差し金かは知らねーが襲撃者の殆どが雇われた者。
「これは酷い」
中には紙を貼り合わせた見せ掛けの鎧や木刀ですらない竹光の者も居て、
――――
余りのこと故、特に名を秘す。
――――
と記録に記される有様。
聞けば味方が斃した兵から奪って使う予定だった者はマシな部類。弓の貴族の手兵でも無ければ、神殿の目が届くギルドを通しての仕事でも無く、あちこちから金で掻き集めた無頼の者だった。募兵した者も諸侯の手の者では無く、
「ジェイバード? あいつ、何やってんだよ。ってか、どこにいる!」
俺が問い詰めると、
「ブルトン家が後ろを突いた時、乱戦に紛れて逃亡しました」
と、答える者があった。
しかもそいつはミハラ伯爵の寄り子のテッド・アップストリーム男爵と言う人物で、封の解かれた書面を持っていた。





