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カルディコットの兄弟-02

●兵の声

 息子達まで訝しむのだから、寄騎や家臣や求婚者の家が怪しまぬ訳がない。

 集められた軍勢の規模が明らかに為るに連れ、下級の兵士達まで口性無(くちさがな)く噂される様に成って来た。

 質も量も余りにも過剰。皆纏めて召集はおかしいと。


「大丈夫かこの親父?」

 陸の地縁に縛られ難い、タジマ水軍の海賊衆などは特にストレート。


「北の執事たる当家だけを頼ってくれた訳でもないのか」

 ロンディニーム家領民の声も微妙。

 他家も似たり寄ったりで、意気盛んなのは、

「良いか! ネル殿の安危は我が家の働きに懸かっている!」

 公子が気炎を上げるブルトン男爵家だけと言うありさまだった。


 その頃。

 カルディコット家当主フィリップは、外の喧騒も気にせず奥の部屋に退いて手紙を書いていた。

「戻ったか?」

「はい」

 横手に不意に現れたローブの男に驚きもせず、耳打ちを受ける。

 フィリップは破顔と共に興奮する。

「そうか。予定通りだな。引き続き頼む」

「御意」

 指示と共に姿を消すローブの男。


 フィリップは逸る気持ちを抑えきれず、立ち上がると胴震い。

「奇貨が、今わしの手にある。わしが。このわしが……。神でも成し遂げれなかったことを行うのだ」

 声は、固く閉ざされた扉と外の喧騒に遮られて、誰の耳にも届きはしなかった。唯一人、執事の通路を移動中だった少女一人を除いて。


●甲乙

 今日では武士階級と言われるモリビトは、元を質せば魔物の領域を武力で開拓した武装農民である。上の方は兎も角、中堅より下のモリビトに学の有る者は少なく、良く言えば純朴にして質実剛健の気質、悪く言えば口で言うより手の方が早い脳筋な連中が多い。

 その社会は血統を重んじてはいるが、さかずきを交わし疑似的な親子兄弟の関係を結んで結束している辺り、日本のヤクザに似ているのかも知れない。


 因みに身分は上から、弓の貴族である領主とその一族のノモリ。その郎党である狭い意味でのモリビト。領内の作り取り自作農で馬を養い兵役の義務を負うノヅチ。ここまでが一般に士族モリビトと呼ばれる階級である。そして最後に彼らに雇われた家来である卒族のイズチと続く。上の方は貴族の名に相応しい体裁を持っているが、末端のこの辺りまで来ると街のチンピラ同然に柄が悪い。

 だから、あちこちの家の兵が集まると、まるで群れの違う犬を集めたような騒ぎになることも容易に想像が着くだろう。


「おらが殿様が一番強い」

 竜騎士タカスギ子爵の旗の下、武勇で聞えるタカスギ家のイズチが言い出すと、

「うんにゃ。わしらの殿さんがクオン第一の武者だ」

 と、これまた当主が武神の化身を名乗るロンディニーム家のイズチが張り合う。

 こんな下らない理由でケンカが始まるのだから上の方も苦労が絶えない。ケンカで武器を抜いたら成敗されるから、流石に刃傷沙汰に発展することは稀でも、殴り合い取っ組み合いならしょっちゅうだ。

 各家の目付け役が紙の張り扇を振り回して、自家の跳ねっ返りの頭をど突いて回るが焼け石に水。


 そんな流れの中。カルディコット家の家内での張り合いがどうにも収まらぬ事態に成って来た。

 他家との張り合いなら簡単に(いくさ)に成り得るから自制しても、身内の跡目相続に絡むものは抑えが利かない。本家当主の座は一つ。自分の(あるじ)が当主になるのと分家や家臣に降るのとでは、自分達の出世の目が大きく異なるのだ。

 当主フィリップの初子である庶兄アイザックが自ら選んだ家来達と、嫡弟フィンに付けられた家来達が、自分の主こそ将来クオン第一の弓取りとなるお方だと、抜かぬまでも剣の柄に手を掛けて怒鳴り合っている。

 その上、

「捜索の為にかほどの軍勢を集めるのだ。お屋形(やがた)様はどちらが継いでもネル姫様が一番だから」

 などと、ネル姫様の夫こそ真の後継者だと言い出す者まで出る始末。


「未だ若輩なれば、天下の竜騎士ハルキ・タカスギ卿や武神アッバスの化身シャウィンタ・イガー・ロンディニーム卿に及びも付かぬ。されど次代の英傑は長子アイザック様を於いて他に無し」

「いやいや。アイザック様の武勇は優れておれども、次代のクオン第一の弓取りは御舎弟フィン様の他にいらっしゃるであろうか?」

 (あるじ)の武勇を言い立てる、それぞれの家来達。

 なまじ同じ家の中の話なので、一つ間違えば戦争となる他家との話とは違い、歯止めが利かない。


 こうしていつの間にか、カルディコットの兄弟が武勇の優劣を着けねば収まりが着かなくなってしまっていた。


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